29話 ルナの逆鱗〜幸せだった日々
波が打ち付ける音が聞こえてくる。
西陽が沈み、海がうっすらと茜色に染まる。
肌寒い風が流れ、その日の終わりを告げていた。
彼と会話してから2ヶ月ほど経った。
クリスとルナは魔族領の大地を北上し、海岸の断崖付近に魔法で別荘を建てて、そこに暮らしていた。
私達の目的だった彼に会うことができた。
彼に会うことを1番に考えていたため、その先の事は殆ど考えていなかったため、選択に迫られた。
星聖女として獅子奮迅するのか……それとも旅を続けるのか……
クリスは戦争を止めるのはできないと断言した。
戦争が始まったらもう誰も止められないと気がついたのだ。
止める事が出来るのは戦争が始まる前に、そして終わった後だ。
今その想いを口にしたら両種族からクリスが責められるだろう。
それも、初代勇者のように……
その事は歴史が物語っている。
クリスは感情で同じ事を繰り返す程、無能では無い。
憎しみを止められたら違う先へ向く……それが同じ種族だとしてもだ。
それでは意味が無い。
それでは終わらない。
ならどうするか?
……わからなかった。
戦争は始まってしまった、手遅れだ。
私は知るのが遅かったのだ。
例え、戦争の首謀者が死んでも収まらないだろう。
今私にできる事は何も無かった。
彼が去った後、クリスとルナはそう話し合い、旅を続けることにした。
魔族領へ来てからはとても濃い日々が流れていた。
第一の目的を果たせたので純粋に観光など、ゆっくりしたい気持ちもある。
星聖女として動くにも考えが纏まらない今は、逆効果になるだろう。
その策を練るため……そして彼と再び会うために
魔族領で旅をする事にしたのだ。
この場所はアスティルカ大陸の南西だ。
そのうち人族はより勢力を増し、魔族を西へ追い込むだろう。
もう時期ここも戦場になる。
魔族領でも比較的魔族が少ない北へ進む事にした。
特別急ぐ必要もないので徒歩や偶に飛行して進んた。
様々な景色を訪れた。
とても綺麗で神秘的な湖や、七色に光を帯びる木々の森林。深い霧が地から溢れ出す草原や信じられないほどに大きい巨木の並木など、様々な絶景を目にした。
1ヶ月駆けて辿り着いた場所は夕陽の沈む海岸の断崖の絶景だった。
夕陽が水平線へ沈むと辺りは薄暗くなり、星が輝きだす。
その麗しき光景に心を奪われたクリスとルナはその場所に木製の別荘を建てた。
気に入った2人は別荘を拠点として行動する事にした。
狩りをして豪勢な食事をとったり、少しだけ畑仕事の真似事をしたりした。
クリスの魔力で作られた畑は星の魔力として調和したのか数日で豊作の規格外仕様となっていた。
釣り竿を作り50メートルはある崖上から釣りをしたりした。
なかなか釣れず、こうした方が早いとクリスが海の一部を風で巻き上げ乱獲したのもいい思い出だ。
何よりも嬉しかったのは彼が仕事の合間に来てくれた。
様々な話し合いをした。
戦争の事や魔族の事、人族の事。
彼の弟の事……憎しみと復讐の事。
星の歴史、そして彼の事、私の事。
あの時みたいにとても仲良くなれた。
話題が尽きず、お互いに笑いあった。
隣には私の大切な人……ルナもいる。
とっても幸せに感じた。
ずっとこの日々が続けばいいと……
とても満足に感じていた。
この1ヶ月間、穏やな日々をとても幸せに暮らしていた。
しかしその幸せは、なんの前触れもなく……
壊された。
───
朗らかな朝日が窓から差し込み、睡魔との試合が始まるいつも通りの朝。
ルナは既に起きており、窓を開けてクリスを起こそうとしていた。
「ほらクリス起きて!」
「う〜もう少し寝かせて〜」
「今日は彼が来る日だよ?」
「はっ!起きる!……5分後」
ルナは布団にうずくまるクリスを眺め微笑んだ。
忙しいわけでもないのでクリスをそのままに朝食の準備を始めた。
3日に1度、彼は日帰りでここに来る。
この1ヶ月、仕事の合間を縫って遊びに来ている。
本人曰く魔族にとって必要な事だとか言っている。
確かに話す内容は魔族や人族にとって、この星にとって必要な事だが素直にクリスに会いに来たと言えないのだろうか。
ルナから見て2人は、恋人のように仲良く見えていた。
お互いにお互いの好意に気がついていないようだ。
準備ができたのでクリスを起こし、朝食を取った。
彼……マティルは早朝に出てくるらしく、普段は昼頃にやってくる。
食休みをしながら外に出て朝日を浴びているとまだ朝早いのに彼がやってきた。
「あー!マティル!いつ来るかと待ち遠しかったよ!」
「まだ朝だよクリス……」
ルナは冷静につっこんだ。
「久しぶりだな、クリス!ルナ!」
彼が海上から飛んできた。
この海の先に魔族の首都があり、そこから一直線で飛んできているらしい。
彼はクリスの横に降り立った。
「少し面倒事があってな、夜に出てきたんだ」
マティルはそう言い微笑んだ。
クリスはその面倒事と言うのが気になったが、マティルはかなり窶れているため休ませようと近づいた時だった。
マティルの後方、海上から雷を帯びた槍がマティルの背を目掛けて有り得ない速さで飛んできた。
「ッ!?」
唯一、クリスだけが気がついた。
しかし、遅かった。
遥か先の地平線から僅か0.1秒もしないでその槍は到達した。
咄嗟にマティルを突き飛ばした。
──キュンッ!──
──ゴォォォォオオッ!!──
別荘を貫通破壊し、数メートル先に直撃したそれは大きな音を出して爆ぜた。
3人がその衝撃で吹っ飛んだ。
「あああぁぁぁあああッ!」
クリスが痛みで絶叫を上げた。
だが周囲の轟音がそれをかき消す。
マティルは尻もちをつき、ルナはその衝撃で地に転がった。
そしてクリスは……マティルの目の前で膝を着いて血を流していた。
「一体何が……っ!?」
ルナが周囲を確認し、クリスの異変に気がついた。
「ク、クリスッ!!」
急いでクリスに駆け寄る。
血の池が広がり、マティルを染めた。
「……あぁ、良かった」
クリスはマティルが無事なのを確認し、そのまま彼の腕の中に気を失って倒れた。
マティルは何が起きたのかわからなかった。
だが……クリスが左腕を失ってまで守ってくれた事だけわかった。
「クリス……まさか俺をっ!?クリス!!」
マティルは激しく動揺した。
ルナが叫ぶ。
「マティル!どいてっ!」
ルナが急いで治癒魔法を使う。
クリスは大量出血と雷属性の効果で気を失ったのだ。
傷口が焼き垂れ、出血量が多すぎる。このままだとクリスは……
その時だった。
「ほう、マティルを狙ったつもりなんだがな……
まあ良い、1匹殺した」
マティルが海上を見上げると12人の魔族と親玉と思える下卑た笑みを浮かべる体格の良い男がいた。
「なっ、ヨルドッ!貴様がクリスを!?」
「ふははは、如何にも魔王幹部が一人、ヨルド・クラリオだ!」
手を広げ、煽るように自己紹介をする。
「ふざけるなああぁぁぁッ!!」
マティルは怒りに任せ、拳でヨルドに殴り掛かった。
「ぐはッ!」
だが、元の位置に蹴り飛ばされた。
「お前が俺にかなうわけがないだろう?
人族に情でも移ったのか?お前に魔族の誇りはないのか?」
ヨルドはそう言って笑ってきた。
「だまれぇぇえええ!!」
再びマティルは飛びかかるが、雷を帯びた拳で吹き飛ばされた。
「今の魔王様は本当に甘い。
まあ良い。魔族代表として裏切り者を人族諸共消し飛ばしてやる」
ヨルドはそう言い魔力を高める。
上空に両手を掲げた。すると大きな放電を放つ雷雲が生成された。
「くっ、うぉぉおおお!」
マティルは痺れる体を必死に起こしてヨルドを睨んだ。
「ふははは、これでもう見納めだなぁマティルよ!
特別に俺の一番の大技で幕を閉じてやろう。
さよならだ!【雷帝・天堕】ッ!」
雷雲が一層激しく放電を放つ。
その瞬間、巨大な雷が轟音と共に堕ちた……はずだった。
「──黙れ──」
響いたのは凍えるような冷たい声。
有無を言わせぬ力強さがそこにあった。
「【神至結界・絶対領域】」




