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非愛転生〜カタオモイ〜  作者: オサム フトシ
第3章 私に必要な者
24/58

22話 私はなに?

 



 ──誰かの悲鳴が聞こえた。

 それは死にそうな声。


 ──誰かの絶叫が聞こえた。

 それは絶望と怒りの声。



 それが聞こえた時、私は地面に転がっていた。


 《()()()ッ!!》


「ぐぅあぁぁぁああああ!!」


 胸が熱い。胸が痛い。胸が苦しい。


 頭が溶ける。脳が焼かれる。心が…



「クリスッ!」


「ッ!?」


「大丈夫!?何があったの!?」



 クリスが急に胸を抑え、走っている途中に転んだのだ。

 そして絶叫をあげている。ルナは何が何だかわからなかった。


「ルナ……《彼》が、いる」


「え!?」


「行かないと」


 クリスはそう言って立ち上がって駆け出した。


「クリスッ!」


 ルナはすぐクリスを追った。





 《ドクン》


(感じる……確かに彼を)


 戦闘音がする方向に感じる。




 《ドクン》


(さっきよりは大丈夫、ルナがいるから、もう平気)


 胸の痛みのような鼓動は激しさを落ち着かせていた。




 《ドクン!》


(あそこにいるの?)


 木々のが晴れてきた。




 《ドクンッ!!》



 戦場へ飛び出した。


 私の目は、ただ1人、戦場の真ん中にいる《彼》だけを見ていた。



「……みつけた」



「クリス!それにルナ!やっと来たか!

 子供の魔族は仕留めたぞ!残りはあの男だけだ」


 剣を構えたリーダーがそう促す。


『雨嵐』の4人はその中央にいる魔族の子供の死体と、それを抱き抱えた男の魔族を囲んでいた。



「あはは、やっとみつけた」


 クリスは《彼》を見つめ嬉しそうに笑った。


 そんな様子のクリスを見たリーダーは自分達が留めを刺すことに決めた。


「クリス、お前は手を出すな!お前ら!行くぞ!!」


『雨嵐』の4人は同時に《彼》へ駆け出した。

 そして武器を振りかざした。



「──は?」



 クリスがそう呟くと……



『雨嵐』の4人が血の塊となって死んだ。



「えっ?」


 ルナは何が起きたか全くわからなかった。



「私の、《彼》に、何するの?」


 クリスの死体に吐いた言葉にルナはゾッとした。



 すると、魔族の《彼》が叫んだ。


「お前ら人族は!なんなんだ!なんなんだよ!!

 俺が何したって言うんだ!!弟が何したって言うんだよ!!」


 《彼》は大事そうに魔族の弟を抱いて泣き叫んだ。



 だが、クリスは……



 それ(魔族の子供)なんか、どうでもよかった。



「あはは、やっと会えたね」


「く、くるな!!」


 クリスは前進する。

 彼はそれを拒んだ。



「クリスッ!!」


 ルナがクリスに抱きつき、止めようとした。



 だが、クリスの風によってルナは木の幹に叩きつけられた。



「ぐはっ、」


「じゃま」


 足の骨が折れる音がした。なのに


「ク、クリスッ!!」


 ルナは必死にクリスを抱きしめた。



「だからぁ、邪魔なの!」


 もっと強い風がルナを地面に叩きつけた。


 鈍い音がした。



「……クリス、ダメだよ」


 血を吐きながら足にしがみついた。


 クリスの心が揺れた。


「ああぁぁぁぁあ!!うるさいうるさいうるさいうるさいいぃぃぃぃいいい!!!」


 頭を掻き毟ったクリスはさらに強い風を地に叩きつけた。



 ……それでもルナは、クリスを離さなかった。



「言ったでしょ?……私が貴方を守ってあげるからねって」



 ルナはそう言って微笑んだ。



「え、あ、ルナぁ?」



 クリスはクリスを取り戻した。


 そして……状況を把握して、ルナの体を見て、大声で絶叫した。

 様々な感情が押し寄せた。


 そして……それを見て安心したルナは気を失った。


 そして4つの死体の中、腕にルナを抱えクリスはずっとずっと泣いた。



 《彼》は弟を大切そうに抱え、その翼で空を飛んでいった。






 ───


 あれからどれくらい時間が経ったのかわからない。

 木漏れ日から日中だと窺えるが、この森は酷く暗い。


 ずっと泣き叫び続けていたクリスは酷く(やつ)れていた。

 ルナは死にかけのような息をしている。

 クリスは必死に治癒魔法をかけ続けた。



 クリスは火 水 風 地 の魔法に優れている。

 何故かわからないが、馴染むからだ。

 手足のように扱えるのだ。


 だが、治癒魔法が使えない訳では無い。

 常にルナと一緒にいるために必要としてこなかったのだ。


 クリスは自分の魔法の操作不足、技術不足に嘆いた。

 魔力任せの魔法、それが私の魔法。

 そう気がついた。




 とても眠くなってきた。

 でも寝れない。私の腕の中にはルナがいるから。

 ルナは私が守るんだ。



 ルナ、早く目を覚ましてくれないかな?


 ……辛いよ。



 ルナの方が辛いよね。


 私がルナを傷つけたんだ。


 守るなんて……私のせいなのに。



 ごめんね、ルナ。





 3日程経った気がする。

 森の中だとわからない、ずっと暗いのだ。


 私はずっとルナを抱き抱えていた。


 足元には血が固まっている。


 無意識に周囲に濃密の魔力を流してきた。

 それはどんな生物も寄せ付けない魔力結界のようなものになっていた。



「……ぁ、クリス?」


「!?

 ルナ!!」


 ルナが目を覚ました。

 久しぶりに声を出したせいか、2人とも酷く喉が枯れていた。


「そっか、……ひどい顔」



 ルナはそう言って乾いた口元を動かし笑みを作った。

 固まった血が剥がれるような音がして、クリスの頬をそっと撫でた。


 心も体も枯れきっていた筈なのに、涙が止まらなかった。






「クリス……?」


 ルナの目覚めに気がついたクリスは何かが解けたかのように崩れ落ちた。


 周りの惨状を見てみると酷いものだった。


 腐りかけた4つの死体、充満する血の匂い。

 ありえない程に濃い周囲の魔力。


 そして、窶れて酷くボロボロなクリス。



 血で固まった体を剥がして起き上がろうとしたが、その時になって自身の身体がクリスよりも酷いものだと気がついた。

 そして体にはクリスの魔力が満ちていた。


 クリスが死にかけの私を助けてくれた事を瞬時に理解し私に治癒魔法を使った。


 相手の体を癒すには、相手の体の中にある魔力の情報を使い、変換して操作をしなければどんなに魔力を込められたとしても身体の回復は見込めない。


 ルナは自身の体に充満する濃密なクリスの魔力の性質を自身のものへと無駄なく変換し、体を癒した。


 クリスの魔力に当てられていたせいか、すぐに全回復した。


 そして次はクリスを癒す。

 症状は重度の疲労と寝不足。特に怪我など癒す所は無かったが、その窶れている表情をみて優しく魔力を注いだ。


 少しだけ表情が和らいだ気がした。



 ルナは体を動かせるようになってからクリスを抱えて近くの川辺へ向かった。


 衣服について固まった血や土を洗い流して看病した。



 クリスの周囲に協力な結界を張り、食料調達や『雨嵐』の死体の処理をした。



 クリスが目覚めたのはルナが目を覚ましてから五日後だった。



 ───


 鳥の(さえず)りが聞こえる。

 目を開けると暖かい日差しが入り込み、辺りを照らしていた。


 思うように体を動かせない。

 関節を曲げる度にバキバキと音が鳴った。


 川辺の脇の草原にいる。

 ここがどこなのかわからなかった。



 腕の中にルナがいるのが当たり前な気がして手元を見るが、ルナはいない。


 クリスは自分のその慣れたような一連の動作を不可解に感じ、思い出した。



「──っ!?」


 喉が乾ききっているのか声が出なかった。


 後ろに気配を感じ、振り返るとルナが眠っていた。



「──ルナぁ」


 クリスは重い体を動かしてルナを抱きしめた。

 ルナが血を流さず、綺麗な服を着ている。

 それだけの事でとても安心した。


 目を覚ましたルナは軽く苦笑いして、クリスを抱きしめた。


「まったく、心配かけすぎよ」


 クリスの言葉に表せない気持ちが、枯れた声になってルナの耳に届いた。


 それを聞いたルナは優しい表情を浮かべクリスに用意していた水を差し出した。

 水を飲むと乾いた喉が勢いよく潤い咳き込んだ。


「ゴホゴホッ!」


「あー、ほら落ち着いて」



 ルナが無事だった事が嬉しかった。何よりも良かったと思えた。

 そして、ルナを傷つけて瀕死に追い込んだのが私という事実が心を抉り、蝕んでいた。

 酷く後悔した。

 ルナが目覚めるまでの三日三晩ずっと……


 しばらくして喉の乾きが収まってきたクリスはルナに溢れる気持ちをぶつけた。


「ぁ、ルナ?良かった無事で……

 本当に良かった。ルナがいなくなったら私は……」



 嬉しくて泣いた。安心した。ルナを失くしそうな恐怖から解放された気がした。

 次に口から出たのは後悔と謝罪。



「ごめんね、ルナごめん。本当にごめん。

 私が、ルナを……傷つけて。ルナは……」


 俯いた。上手く言葉にできなかった。

 私がルナを傷つけた事が、私の心に大きなものを与えた。



「大丈夫だよ。言ったでしょ?私が貴方を守ってあげるからねってさ。そういう約束だったからね。

 それにクリスのおかげでこうして今元気だぞ?」


 ルナはそう言ってクリスの頭を優しく撫でた。



「でも……傷つけたのは」


 クリスの言葉を遮ってルナは真剣な表情で言った。


「あの時のクリスはおかしかった。

 あれはクリスじゃない。

 何かの感情に呑まれたような……

 《彼》のせいかわからないけど、まるで呪いのような」



 クリスは黙った。実際クリスもそう思っていた。ルナを傷つけるなんてありえない。だが、確かにルナを傷つけた記憶はある。鮮明に覚えている。



「私は……なんなの?」



 ルナに言ったわけじゃない。どこへ向けた言葉なのかわからない。


 その一言は、クリスの気持ちを全て乗せていた。



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