99 まずはひとつ
グラフィアスにある魔法石は、お城の中にあるらしい。
玉座の後ろにある魔法石は権威の象徴とでも言うべきか、光を反射して輝いている。
お城全体が神殿みたいなものなのか。そういう考え方をするならここが一番荘厳な神殿になるわけだな、なんて必要のない思考に脳の要領を回す。
そうでもしないと、首都近郊まで迫った主戦場とか、うっかり押し込まれていた時の政敵側の目的とか、そうなった時のイクリール君はどうなるのかとかを考えてしまいそうだ。
ぺたりとせいらちゃんの小さな手が触れて、魔法石から光が溢れ出す。もう何度目かの光景に変化はなく、ゆっくりと光が落ち着くのを待って、せいらちゃんがくるりと振り返った。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
「うん!」
にこにこと戻って来たせいらちゃんをエルナトが抱き上げくるくると回ってみせる。イクリール君のお兄さんたち、それも他国の偉い方々の前でする行動ではない気がするが、せいらちゃんは嬉しそうなので何とも言えない。
とりあえずお兄さんたちが魔法石の方に夢中で良かった。
「これで、終わりなのか?」
「確かに魔法石に魔力は満ちているが」
うん、お兄さんたちの気持ちもわからなくはない。
魔法石の活性化、なんて言っているが、実際やることはただせいらちゃんが魔法石に触れるだけだし、光って、それで終わりだし呆気なくも感じるよね。かといってまた神様が出て来るのも、一波乱ありそうなので遠慮したいんだけど。
イクリール君が得意げに、お兄さんたちにせいらちゃんを自慢するのを横目にエルナトがせいらちゃんに話しかけた。
「君はこの行動に疑問を持ったことはないのかい?」
「うん? きらきらにしないと、みんなこまるんでしょ?」
「……誰かのためなのか」
何やら、不穏な会話をしている気がする。星の神子の役目は、せいらちゃん本人にとっては、お母さんと約束した「困っている人がいるなら助けてあげましょう」の範疇でしかないのかもしれない。
役目と言っても、各地に赴いて魔法石を触れるだけだし。それに疑問を持てって、五歳児相手には酷では? それともエルナトは魔法石の活性化をすることで起こるかもしれない何かを知っているとか?
悪い人ではないんだけど、私の感覚とはちょっとズレているところのある人だし、何を考えての発言なのか、わからない。
声をかけようと手を伸ばした先で、パッと明るい表情に切り替えたエルナトが、いつもの調子でセイラを抱えて私に笑いかけた。なんなんだこの人は。
「イクリール。今後のことだが、いいんだな?」
「いいも何も、僕から言い出したことです。それともまた、僕を置いて行く気ですか?」
いつの間にか進んでいた会話に意識をそちらに向ける。
難しい顔のままレグルス王子が問いかけたのは、兄弟は一緒にいる方がいいという思いがあるからなのかもしれない。自分はそうならなかった。だからこそ友人には、と。
それでも、イクリール君はやっと帰還した故郷に留まるつもりはないらしい。内戦は落ち着いた。今後は兄弟と一緒にいることが出来るというのに。どちらの言い分もわかるからこそ、ままならないものだなぁ。
「僕はまだ、何も出来ていない。国のために、世界のために何かがしたい。だから、連れて行ってください」
「……わかった。でも私の一存では決められないよ」
「そこは僕が責任をもって、全員説得します。行ってきていいですよね? レサト兄さん、サルガス兄さん」
「止めさせる気ないだろお前」
「言い出したら聞かないからねぇ。迷惑はかけるんじゃないよ」
「任せてください!」
自信満々だなぁ。イクリール君は立場や年齢上危険なところに付いて行くわけにもいかず、今まで歯がゆい思いをしてきたんだろう。
その上メリディアナの噂を聞いたばかりだ。その噂のせいで故郷の人々が不安な思いをしている。彼らのために、少しでも出来ることをしたい。そんな気持ちが彼を突き動かしているのかもしれない。
誰かのために。とても尊い願いだと思う。私はまだ、完全に誰かのために、自分から力を振るう覚悟が決まっていない。けれど、目の前で自分よりもずっと幼い子供たちが純粋な気持ちで誰かを助けたいと願っている姿を見て、何も感じないほど薄情になれない。
幽霊、かぁ。それが悪いものであるのなら、銀の針の力で、何とか出来ると思う。
実際ピアウトスで病気の元? みたいなやつも払えたし。メレフ王も銀の針の判定は大雑把だって言ってたし。魔と分類できるものなら、力になれる。はず。
上手くいくかはわからない。でも私だって、彼らに見合う自分になりたいと思ってしまった。
きっとイクリール君もそうだ。お兄さんたちが大切だから、彼らの弟として何か行動したいんだろう。
「いいな」
「あ?」
「イクリール君、お兄さんたちのことが大好きなんだなって」
思わず漏れた呟きにアルヘナ君が反応した。
しばらくこちらを見た後、イクリール君たちに視線を戻す。
「そうだな」
静かな声だった。もしかしたら、リオサールさんを思い出しているのかもしれない。けれどその表情は思い詰めたものでもない。
ちょっとおこがましいけど、アルヘナ君も私と同じように少しずつ色んな気持ちを呑み込んでいっているのかもしれないと思った。




