98 長い構想期間を経まして
数日の船旅を経て、グラフィアスに辿り着く。
有難いことに港町に迎えに来てくれていた案内の人に先導され、馬車で丸一日。そうして辿り着いた首都は多少争ったような跡があって、修復作業が行われていた。
とは言っても酷いものではなく、どちらかというと移動途中で馬車の窓からちらりと見えた街の方が被害も大きくて、実際はあの辺りが戦線だったんだろうと思う。遠目だったけど、明らかに崩れた建物の外壁がいくつもあったもんなぁ。
案内されるままに馬車を降り、応接室に通される。公式の場なので、せいらちゃんをレグルス王子に任せ、アルヘナ君たちと一緒に後ろの方へと下がっておく。時折振り返って手を振る辺り、あの子はこの場がどういう状況かわかってないんだろうなぁ。
首都近郊が戦線で、多少とは言え首都も攻め込まれていたところからの復興かぁ。イクリール君のお兄さんたち、頑張っているんだなぁ。
「レサト兄さん! サルガス兄さん!」
然程待たずして応接室に現れたのは二十歳を過ぎたくらいの男性が二人。イクリール君が嬉しそうに声を上げ、ソファーから立ち上がるのを、後ろで眺めた。
三人並ぶと誰がどう見ても兄弟だとわかるほどよく似た顔立ちをしている。
年の離れたお兄さんたちかぁ。イクリール君にとって二人は、何でもできるスーパーマンだったんだろう。だからこそ、今回復興のさなかに帰郷することになんの不安も感じなかったのかもしれない。
再会を喜ぶイクリール君と兄二人の様子を見つつ、なんとなく自分の故郷に思い馳せる。今更帰りたいわけではないけれど、知り合いたちがどうしているのかなとは思う。
気持ちの整理、という点ではこちらの世界に来て早々に帰れない、帰った前例がないと明示してくれたのはある意味よかったかもな。感情が追いつく前に事態を呑み込めたし。そんなことを考えていると、エルナトがそっと隣に近寄って来た。
「君も故郷へ帰りたい?」
「おい」
静かに問いかけるエルナトに、私の反対側でアルヘナ君が咎める様に声を上げた。
ちらりとエルナトを見れば、いつもの張り付けたようなへらへら顔ではなく、少しだけ困った顔をしている。この人なりに罪悪感があったのかな。せいらちゃんはとにかく、私は所謂、手違いでこの世界に来てしまったわけだし。
「もし、君がそれを望むのなら僕は──」
「帰りたいとか、考えない様にしている」
言いかけて口を閉じたエルナトに、ふっと息を吐く。
うん。帰れないのは知ってる。最初に片道切符だって聞いた。だから、まぁ。全部が全部納得したわけではないけど、別に悲観はしてないよ。
「自分に出来ることとか、なりたい姿が見えてきたから、今はそれを消化するための期間だと思ってる」
「……、そうか。うん、そうか……! 応援しているよ!」
誰かに寄り添える自分になりたい。自分がそうしてもらって嬉しかったから。そんな、何でもない理由でも、無いよりはいいでしょ。それがいつか、ここにいるちゃんとした理由になるのなら。
すっかりいつもの調子に戻ってにこにこするエルナトはどこか嬉しそうだ。それに対し、アルヘナ君が何かを言いかけるものの、小さく息を吐いて軽く小突かれた。え、私が悪いの?
そんな私たちのやり取りの向こうで、レグルス王子が真面目な話を進めている。
やれ今までイクリールを預かっていたお礼だとか、ここまでの旅の労い。レグルスたちが首都に来た理由だとか。この辺りの話は、私が聞いていなくても、偉い人たちが上手くやってくれるでしょう。
「それでグラフィアスにある神殿への立ち入り許可なのですが」
レグルス王子の言葉を皮切りにとんとん拍子に話が進んでいくのを眺める。
グラフィアスの神殿は四つあり、うち一つは首都にあるそうだ。そして例に漏れず首都の神殿を管理しているのがイクリール君の兄たち。やっぱりああいうのって基本国が管理するものなのね。アヴィオールの自治体に任せているのが異例なだけか。
「他の魔法石の場所はハイルと言う郊外の町、海沿いのアトリア、メリディアナの四カ所ですね。あとで詳しい地図をお持ちしましょう」
「ありがとうございます、レサト王」
「兄さん。あの件も伝えておくべきでは?」
「そうだな」
「何か、困りごとでも?」
「我々がこういうことを言うべきではないとわかっているのですが、メリディアナでは幽霊が出るという噂が出回っているようでして」
幽霊、とな。
まぁ、内戦が終わってすぐだし? 不安な人もいるだろうからそういうオカルト的な噂が出ても多少は仕方ないのかも。ほら、陰謀論じゃないだけ、まだ救いがあるよ。
「そう言うことだったら、僕が何とかしてきます!」
「イクリール?」
「レグルス、皆も。僕に力を貸してください」
はっきりと言い切ったイクリール君に、小さくても国を思う一人の王族なんだなと感じた。驚きはしたよ? 突然そんな話になるんだもん。でもさ、お兄さんたちが、幽霊がどうのって話をした時点でこうなるのはなんとなく察したわけよ。
だってイクリール君、お兄さんたちに会えるの本当に楽しみにしてたんだもの。大好きなお兄さんたちから不安の感じる話を聞いたら、それはもう、何とかしたいって思っちゃうよね。そしてそんな友人の願いなんか聞いた日には、力になりたいって思っちゃうのが、レグルス王子とせいらちゃんなわけで。
イクリール君が少しだけ不安げにこちらを振り返る。
「あなたたちのことも兄たちに紹介したいです」
明らかに私たちに向けられた視線に、アルヘナ君と二人、顔を見合わせてからそちらに向かった。
人のことをどうとか言いつつ、結局自分もそちら側な人。




