97 海鳥が鳴いたので
海だ。船だ。快晴だ。
お城を出て陸路で四日、海路で二日、そこからまた馬車で一日かけてグラフィアスの首都に行くのだが、現在はレグルス王子が用意してくれた大きめの客船にてのんびり揺られている最中である。
広い甲板ではしゃぐせいらちゃんとイクリール君を見守りながら海風に体を晒す。
天気も良く、水面に反射する光がきらきらと輝いて眩い。心配していた船酔いもなく、穏やかな船旅だ。
馴染みの顔ぶれと、ブラキウムさん選抜の騎士さんたちしかいないので、せいらちゃんとイクリール君が多少はしゃいでいても、皆微笑ましいものを見る目で眺めている。ルクバト君をはじめ、見慣れた顔しかいないし私も気が楽だ。
いいなぁ、客船。学生時代に友達と観光で何度か乗ったことがあるけれど、ここまで大きな船は初めてだ。
鉄製なのか帆船よりもしっかりしてるし、やっぱり動力は魔法石なんだろうか。アヴィオールは鉄鋼も取れるし魔法石の産出もあるので、造船技術もすごいのかもしれない。
でも、そうなると妙な技術の発展の仕方よね。陸は馬車止まりなのに、海は鋼船とか。普通陸路が先のような気もするが……、いや。案外、輸出入のために海路が優先されただけかも。あとでレグルス王子に聞いてみよ。
視線の先ではせいらちゃんに、故郷へ着いたら自分が案内をすると張り切っているイクリール君がいる。
以前にもそんなことがあったなぁ。あれはアルシャカウトに行った時だったか。小さくても男の子らしい。やっぱり誰かに頼りにされたいようだ。
なんとなく懐かしい気持ちになりながら風にあたっていると、不意に隣に影がかかる。こういう時、隣に来るのは決まって彼だ。
「元気な奴ら」
少し呆れたように、はしゃぐイクリール君たちを眺めながらアルヘナ君が隣に立つ。
レグルス王子やブラキウムさんたちと話すことがあると言っていたが、もう用事は終わったんだろうか。
「久しぶりに帰れるのが嬉しいんだよ」
「それにしたって浮かれすぎだろ」
まぁそれは確かにそう。道中でこれなら、実際にお兄さんたちに会えた時どうなっちゃうんだろう。
イクリール君の境遇を考えれば仕方のないことなのかもしれないけど、つられて楽しくなってるせいらちゃんにはもうちょっと落ち着いてもらいたい。飛び跳ね出したらさすがに止めに行こう。
「はしゃぎすぎて海に落ちるなよー」
「落ちませんよーだ!」
「はは、キレてら」
離れた位置にいるイクリール君に、からかう様にアルヘナ君が声をかけて笑う。また意地悪して。気安いのはとにかく、どうしてそう軽口になっちゃうんだろうねぇ君は。
仕方ない人、と苦笑して、海を見る。キラキラ揺らめく水面に、海鳥の鳴く声。波の音も心地よく、お城とはまた違った穏やかな空気に心が安らぐ。
日を遮るものがなくて眩しいのが、体力のない人種としては少しだけ辛いけど、基本的にとても過ごしやすく気持ちのいい船旅だ。
「日差し、強いね」
「こんだけ天気が良ければな」
のんびりと、アルヘナ君と二人並んで海を眺める。
正直、最初は海にも魔物がいるんじゃないかと、思っていたんだけど、びっくりするほど穏やかに運航している。
ほら、ファンタジーで船旅と言えば、よく大きなイカが出るじゃない? 最近のはそうでもないんだろうけど、古のオタクとしてはよくアイツに船を壊された思い出しかなくてね。
「海、久しぶりに見たなぁ」
「あ? 内地に住んでたのか?」
「うん。学生の頃は何度か行ったけど、大人になってからはすっかり」
友達と旅行に行ったり、なんだかんだとあったはずなんだけど、働き出してからはそんな時間もなく。自宅と会社の往復で一日が終わる毎日だった。
それがどういうわけか、一人でピザとビールでもキメようかとしていたところに、この世界に呼び出されたわけなんですが。
ふと、視線を感じてそちらを向けば、神妙な顔をしたアルヘナ君が私を見ていて。
「どうかした?」
「別に?」
「そう」
よくわからないが、彼が別に、と言うのなら大したことでもないのだろう。何かあれば、何もなくてもはっきりと物を言うタイプだしね。
そう考えてまた海の方を向けば、今度はため息を吐かれた。
「本当に何?」
「なんでもねぇよ」
そっぽを向かれた。なんなんだ一体。
首を傾げていれば、もう一つおまけとばかりに、全く意識していなかった横腹に軽い打撃を受けた。うぐっ。どうやらせいらちゃんが飛び付いたらしい。結構痛かったんだが?
「ななちゃん! とりさんいるよ! とりさん!」
「本当だね。あと船の上で走ったら危ないよ」
「はーい」
むぎゅむぎゅと抱き着くせいらちゃんの頭を撫でれば嬉しそうな声がした。うんうん、楽しんでいるようで何より。私の横腹はこの笑顔の犠牲になったのか。
せいらちゃんに続いてイクリールもやって来て、さっきまで二人で話していたことを教えてくれる。グラフィアスには何があって、これから行く街はどんなところなのかとか。楽しそうにあれやこれやと話してくれる二人に相槌を打ち聞いていると、アルヘナ君がゆっくりと歩き出した。
「部屋に戻る」
「あ、うん。またね」
「おう、お前らもあんまり日に当たりすぎんなよ」
ひらひらと手を振って船内に戻っていくアルヘナ君を見送って、まだ楽しそうに話すイクリール君とせいらちゃんの会話に加わる。
空は相変わらず、いくつか雲があるだけで快晴だ。風も穏やかで心地がいい。もう少しだけ、海風に当たっていようか。
幼女の頭突きが、無防備な横腹を襲う。




