100 忘れられた場所
グラフィアスのお城でお借りしたふかふかのベッドを出て数時間。太陽が天辺を通り過ぎた辺りで郊外の町、ハイルにたどり着いた。
イクリール君のお兄さんたちに温かく見送られて、馬車を走らせて来た町は戦線からは少しずれていたのか、町の中に争ったような形跡はなく。流通が乱れた程度でこの町に大きな人的被害はなかったらしい。
町や道行く人を一通り見渡した後、ほっとした表情を見せるイクリール君に、やっぱり不安はあったんだなと改めて思った。その上で、ハイルについて早々、一つの問題に直面している。
「町が大丈夫だったのは良かったんだが」
「見つからないですね、神殿」
そう。肝心の神殿が見当たらないのである。
イクリール君のお兄さんから貰った地図にはこの辺りに神殿があると書かれているのに、神殿へ至る道も見つけられない。レグルス王子を始め、護衛できた騎士さんたちとも一緒に見て回っているが完全な立ち往生である。
何度か町の人に聞いても、神殿の存在を噂程度に知っている人はいても詳しい場所はわからないという。ここにきて自治体ではなく国が管理している弊害が出て来たな。
他国の様に国が魔法石の神殿を管理していても、そもそもの数が少なければ問題もないのだろうが、各所に点在すると主要都市以外の管理が少しばかり疎かになってしまうのかもしれない。
ある意味、アヴィオールの様に神殿の管理を自治体に任せてしまうのは正解だったのかもしれない。観光資源にされていたり、独自の形に発展したりもしていたが、そこには確かに信仰心があった。
お城の玉座にあった魔法石が、権威の象徴みたいに見えたのに対し、この街にもあったはずの信仰が失われているのがもの悲しい。これが諸行無常か。
「改めて明日、町の管理者に連絡を取って訪ねるか?」
「そうするしかないだろうな」
レグルス王子とアルヘナ君が、方針を決めているのを尻目に、せいらちゃんに飴を渡して気を逸らす。多分そろそろ歩き疲れて草臥れて来る頃だからね。
これでだめなら申し訳ないがルクバト君にも協力してもらってご機嫌取りタイムが始めるしかない。せいらちゃんから回収した飴の包装紙をポケットに仕舞いながらそんなことを考えていたら、不意にせいらちゃんが走り出した。
「こっち!」
「え、ちょっと!」
慌てて伸ばした手をするりと向けて、幼女先輩が建物と建物の間の細い隙間に身を滑り込ませる。
なんだってそんなところに。というかそこ、通れるの? 私やイクリール君はとにかく、明らかにブラキウムさんたちや、体格がいい上にしっかりと装備を身に着けた騎士さんたちは絶対無理だよ?
途中何度か突っかかりながらも、慌てて細い隙間を抜けると、にこにことこちらを振り返りながら笑うせいらちゃんがいて。
「あったよ!」
「見つけたのは偉いけど、飴を口に入れたまま走らない!」
「ごめんなさーい」
あぁもう、心配させないでよ。転んで喉詰まらせたりしたらどうするのよ。
大きくため息を吐いて辺りを見渡せば、忘れられた様にひっそりと佇む神殿がある。今まで回って来た何処よりも荒れ果てていて、おまけに小さい。まるで人々に忘れられたようだ。
「どうしてここだとわかったですか?」
「んー、きらってしたから!」
「神殿、っすね」
「随分と長い間放置されていたようだね」
しばらくせいらちゃんの手を繋いで辺りを見回していると、私に次いで隙間を抜けてきたのかイクリール君が近付いて来る。それから少しして、レグルス王子とエルナト、上半身の装備を外したルクバト君と、不服そうな顔をしたアルヘナ君が建物の隙間を抜けて来た。
いや、まぁわかるよ? 体格のいい騎士さんたちが殆ど通れなかった隙間を通れちゃったのが、複雑なんだよね? 自分でももうちょっと体格がいいと思ってたんでしょ。
私としては背の高いエルナトがあの隙間を通り抜けられたのが意外だったんだけど、もしかしてローブで着ぶくれしてるだけでものすごく細いの?
「なおせないかな?」
「あー。完全にはムリっスけど、崩れてるところをどけて、屋根を修復するくらいなら出来そうっすね」
「なおしたい!」
「いいね! 早速やろう!」
ルクバト君の返答にぱっと表情を明るくしたせいらちゃんとエルナトがノリノリで神殿の方に歩み寄っていく。いやいやいや。勝手に直していいの? 念のため、この国の王子であるイクリール君の方を見ればすでにこちらもやる気満々である。
想像に容易いが一応アルヘナ君の方も確認すれば、マジかよこいつらという顔をしている。そうだよね、そういう反応になるよね。
急遽DIYをすることになったんだが。結果はうん、ルクバト君がいてくれて助かったよ。慣れた手つきで崩れている部分を取り払い、再利用できそうな物でパパっと屋根を作る。曰く、よく実家でも棚を修理していたらしい。本当にありがとう、日曜大工の出来る人はモテるよ。知らないけど。
余った廃材を隅の方に追いやって一息つく。ちゃんとした修繕はいずれイクリール君のお兄さんたちにお願いしようね。
最後にせいらちゃんが、広場の隅の方で摘んだ野花を供える。そして魔法石にペタリとして、光が溢れて、はい終わり。事前の作業と本題が釣り合ってないなぁ。
「どうして人は、大切なものであっても忘れて行ってしまうのだろうねぇ」
「あ? んなもん生きてるからだろ? 生きてりゃいいことも悪いことも等しく忘れてくもんだよ」
「身もふたもないこと言うなぁ。まぁ、忘れられたり、失ってしまうのは悲しいことではあるが、そういうのも含めて人は成長していける生き物だとも思うよ」
強い光の中で、エルナトの疑問にアルヘナ君とレグルス王子が応えていた。
どうしてそう、肉体労働の後に難しい話をする余裕があるのだろう。私はもうすでにへとへとなんだけど。
やることも終わったので帰ろうかと、再びあの細い隙間に向かう皆の後ろの方を付いて行く。神殿を探して町中を歩き回った後にDIYはさすがに疲れた。
「変化ってそんなにいいものかね」
「エルナト?」
「なんでもないよ」
私の更に後ろを歩いていたエルナトが何か言った気がして振り返れば、にこりと微笑まれる。なんなんだ一体。
彼の奥に見えた直されたばかりの小さな神殿に陽の光が差し込んで、少しだけキラキラして見えた。
祝 100話!




