92 水に浮かぶ花
特に目新しいことがあるわけでもないのに、最近妙に心が弾む。
いつもの散歩コースである中庭を走り回ったり、噴水の水を覗き込んだりするせいらちゃんを見ながら、定位置である噴水の縁に腰を下ろせば、心地よい風が吹いた。
せいらちゃんは最近植物は水に浮くという発見をしたらしく、落ち葉や野花を摘んできてはそっと噴水の水に浮かせる遊びがマイブームの様だ。
それ自体は一向にかまわないんだけど、噴水の中に落ちないかが心配なのよね。あぁ、そんなことを言っている間にもまた身を乗り出して。オフィーリアになっちゃうよ。
真剣に浮かせた花を眺めるせいらちゃんを噴水の中に落ちない様に支える。なんだかすっかりお世話にも慣れたものである。
思い返せば、せいらちゃんを召喚するにあたり、なんの因果か、私も一緒にこの世界に連れてこられてしまった。
エルナト曰く、どうやら私とせいらちゃんは前世で何かしらの縁があるらしい。それが原因で私まで引っ張られて来たとは言うものの、ファンタジーやフィクションでお約束の、前世の記憶とやらはこれっぽっちも思い出せない。
この世界に来たことについてはまぁ、もう考えるだけどうしようもないかなと思えるようになってきたのでいいんだけど。それはそれとして、そこに至るまで私の態度は良くなかったよなぁ。
被害者意識とでもいうのか、自分は巻き込まれただけの部外者であると自認していた。
せいらちゃんの付き人くらいの立ち位置で、その内彼らの旅からもフェードアウトしていくんだとばかり。脇役、且つ、いてもいなくても困らない存在でいたかったのに。
それがどういうわけか。砂漠の遺跡にいた妖精に、面白いからなどという理由で力を押し付けられて。そこからは自分でも笑っちゃうぐらい周りが見えなくなっていた。自分のことばっかりで、折角心配してくれたのも素直に受け取れず。
今だって何もかもが解決したわけではないし、何もかもを納得したわけではない。
でも、嬉しかったのだ。
ぐだぐだと悩み続ける私に本気でぶつかってくれたアルヘナ君が。
「大丈夫」だと、悩みも不安も全部まとめて否定しないでくれたレグルスが。
部外者だと思っていた私が、舞台に上げられてしまった。それでもいいかと思えるくらい、気恥ずかしくて、嬉しかった。
だから、何かできる様になりたいと。誰かに寄り添える存在になりたいと思った。
アルヘナ君みたいに、全力でぶつかっていくって言うのは、私にはちょっと難易度が高いけど、せめて自分に向けられた手くらいは握り返せるようになりたいと思ってしまったわけですよ。
言い訳を並べ立てるのが得意な、私らしくもなく。
「花を浮かべているんですか?」
「れぐるすくん!」
不意に声がして顔を上げれば、レグルス王子がいて。上手く時間が合ったのか、彼の後ろにはアルヘナ君とイクリール君が顔を覗かせている。
せいらちゃんの後ろから顔を覗かせ不思議そうに噴水に浮かんだ花や草を見てから、レグルス王子が笑った。
「ふふ、私も昔同じことをした覚えがあります」
子供の頃ってどうしてこういうよくわからないことに熱中しちゃうんだろうね。
三人に簡単に挨拶をすれば、せいらちゃんが嬉しそうに笑う。お城に帰って来てからすっかりレグルス王子に懐いてるのよね。前はちょっと遠慮があったのに、何があったんだろう。
「レグルスくん、だっこして! ここのりたい!」
元気よく両手を上げたせいらちゃんに、レグルス王子が一瞬困った様に私を見る。せいらちゃんの言うここ、とは噴水の縁のことだろう。上に登って水に浮かんだお花をもっと近くで観察したい、と。
まぁ。濡れるのが心配だけど、落ちさえしなければ、いっか。
「落ちない様に支えてあげてください」
「こう、かな?」
戸惑いを見せるレグルス王子に答えれば、おっかなびっくりという様に抱き上げ、慎重に噴水の縁にせいらちゃんを下ろす。
慣れてなさが微笑ましいな。周りに小さい子がいない十八歳ってこんなものか。イクリール君はいるけど彼はしっかりさんだしな。こんな風に抱っこをせがむなんてないのかもしれない。
「ビビり」
「うるさい」
こわごわとせいらちゃんを支えているレグルス王子の姿に、アルヘナ君が面白いものを見た顔でからかう。それに反発しつつも、あれこれと噴水に浮いている草花の説明をするせいらちゃんにレグルス王子が相槌を打つ。
すっかり仲良しさんだなぁ。一時期、自分のことで手いっぱいになってちゃんとせいらちゃんを見てあげられていなかったし、その間に仲良くなったのかも。
二人の様子を眺めながらも私の隣にアルヘナ君が腰を下ろす。天気も良く、暖かな日差し。午後の、のんびりとした時間は、心地いい。
そんな穏やかな時間の中で、イクリール君が訝しげに疑問を呈した。
「不仲よりはずっといいですけど、僕のいない間に随分と仲良くなりましたね」
その拗ねたような物言いが、いつものどことなく大人びた彼の考え方とは違う一面が見れたようで。
いかにも、自分も混ぜろと言わんばかりのイクリール君に微笑ましい気持ちになった。
ある日の一幕。




