91 空色映えて
アヴィオールに帰って来て数日、今日も天気がいい。
帰ってきてすぐは色んなところに行ったこともあってか、健康診断やシュルマさんと話したりで過ぎていきやっと落ち着きを取り戻して来た。
城での日課になっているせいらちゃんの散歩に付き合いつつ、いつもの散歩コースに組み込まれている中庭へと向かう。
久ぶりに再会したイクリール君にも付き合ってもらいながらせいらちゃんは嬉しそうに中庭の隅で座り込んで花を摘んだり話をしたりして遊んでいる。何とも微笑ましい光景だ。
中庭の中心にある噴水の縁に腰かけ二人を見守れば、なんとなく日常に帰って来たのだと実感する。……こう考えるってことは私もこの世界に馴染んで来たのかな。
穏やかな日差しの中でぼんやりとしていると不意に影がかかる。顔を上げればいつもの仏頂面のアルヘナ君がいて。
「よう」
「いい天気だね」
「ん」
気まずそうにしながらも、声をかけて来たアルヘナに応えつつ視線をせいらちゃんに戻す。
ピアウトスに向かう前にこの場所で今と同じようにアルヘナ君と話した時のことを思い出した。あの時は……。いや、あの時からダメな自分をアルヘナ君に晒していたなぁ。
望んでいなかった力を手に入れて、動揺していた私をアルヘナは心配してくれていた。にもかかわらず私はそれを遮るように否定した。
その時自分は傍観者、あるいは部外者であると思っていたし、自分が誰かに心配されるような存在であると認識していなかった。少なくともアルヘナ君とは信頼関係を築けている自信もなかったしまして心配されるなんて思ってもいなかったのだ。
だから妖精に銀の針を押し付けられ、それが思っていた以上にちゃんとした力を持っていたのに加え、アルヘナ君に心配されたことに動揺して、完全に自分の中に閉じこもってしまった。
「ずっと、お礼を言おうと思ってたの」
「……」
「アルヘナ君が逃げるなと言ってくれたから、自分と向き合わなきゃと思えた。君の言う通りずっと言い訳ばっかり並べ立てて、考えない様に逃げ回ってた」
なにか言いたそうに、けれど口を閉じたままのアルヘナ君に私の方から声をかける。
アレはピアウトスでの晩のことだ。メレフ王に連れ回され銀の針の力を使いながらも、本当に自分がこの力を持っていてもいいのか、部外者である自分がこの世界の人の命に関わるべきではないのではと考えていた。
そんな私にアルヘナ君は「逃げるな、向き合え」と言った。自分にはない、人を救う力も、人を納得させられるだけの力を持っているのに何が気に入らないのかと、問い質した。
今まで逃げて来た現実を突きつけられる思いだった。あの言葉がなかったら、私は今も与えられた力から逃げようとしていたに違いない。
「だから、ありがとう」
困った様に笑う私を見てアルヘナは一瞬たじろいだ後大きくため息を吐いた。
「……礼なんか言ってんじゃねぇよ。あんなん、俺の八つ当たりだろ」
ガシガシと後頭部を掻きながらアルヘナ君がようやく口を開く。
五年前リオサールさんが行方不明になった時、アルヘナ君はレグルス王子の傍にいるだけで何も出来なかったそうだ。正統な血筋でないと、レグルス王子が軽んじられ、利用しようと近付いて来る連中に相手に大した手立ても出来なかった。
状況を変えるための力が欲しかった。あの時自分に銀の針のような力があればレグルス王子を守れたのにと思った。だからこそ、現状を変えるだけの力があるのに手をこまねいている私に八つ当たりしてしまったらしい。
お互いの胸の内を話したところで、どちらともなく笑みが漏れる。
別にそれは晴れやかな気分になったというわけではなく、蓋を開けてみればお互いに自分の都合しか考えていなかったと理解してしょうがないなぁというような気分になったからで。
「ンで?なんでそんなに自信なかったんだよ」
「だって私はせいらちゃんみたいに誰かに選ばれる、なんてことなかったし。あんな針渡されたところで何者にもなれないって思ってたし」
「バッカじゃねぇの。他がどう言おうとお前はお前だろ」
言葉尻は強いが、どこか優しい顔でアルヘナ君が言う。
「そういうアルヘナ君だって、何もできなかったなんて言いながらレグルス王子を一人にはしなかったじゃない」
「うっせ」
照れたように外方を向くアルヘナ君が可笑しくて今度は私が笑う。
「ああそうだ。私、仲直りする時はガツンと言い返せって言われたの」
「は? 誰に」
「レグルス王子に」
「アイツ、んなこと言ってんの?」
「だから今言い返すね。嘘が下手な上にうざくて悪かったわね」
これはちょっとした意趣返しだ。アルヘナ君に散々言われた後のことを思い出す。
私を宥めながら、レグルス王子は悪戯っぽく笑っていた。レグルス王子は、アルヘナ君は私には何を言ってもいいと思っている様な節があるらしい。別に私はそんな風に感じてないが、見る人によってはそう見えるのかもしれない。
「……お前、根に持ってる?」
「さぁ? どうかな?」
「あぁもう。悪かったよ、ナナ」
ちょっと焦った様に謝る姿に悪戯が成功したような気分になる。
それが可笑しくてくすくす笑えば、すぐにアルヘナ君が拗ねたような表情になる。
「は? 冗談かよ」
「さぁ? どうかな?」
問いただすアルヘナ君に今度はにやにやと笑いながら返す。それを見て何を思ったのか彼は驚きつつも嬉しそうに笑った。
そんな話をしていると不意にせいらちゃんが私を呼びながら来て膝の上に摘んできた花を置く。たくさん花を摘んできたらしい。
ご機嫌なせいらちゃんの相手をしてくれていたイクリール君を労う様に視線を向ければ、私とアルヘナ君を見比べて何かを察したようにイクリール君は笑った。
「まぁ、よかったんじゃないですか」
読んでいただきありがとうございました!
これにて二部完結ですが、引き続き三部も更新していきますのでよろしくお願いします。
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