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90 ダメはダメなりに


 気さくな集落の住人たちと挨拶を交わして帰り支度を済ませる。今回の旅路の目標はこれで終わり。あと六カ所回らなければならないけど、これで折り返しだ。

 荷物を馬車に運んでくれる騎士さんたちにお礼を言って、まだ住人たちに可愛がられているせいらちゃんを眺める。どこに行っても好かれる愛想のいい子だなぁ。


 レグルス王子はタラゼドさんとリオサールとの別れを惜しんでいるしもう少し集落の景色を楽しんでおこう。

 タラゼドさんもいい人だったし、何よりリオサールさんとはまたしばらく会えなくなるのだし、時間の許す限り話しておいてほしい。会えなかった五年分の兄弟の会話が、一日二日で補えるわけがない。

 話と、言えばアルヘナ君だけど。彼はあの後もう一度でもリオサールさんと話せたのだろうか。あんまり話せていない私が見ても、ワディラムに来て以来、ずっと暗い表情をしていてちょっと気になる。


「もう挨拶はいいのか?」

「はい。一通り済ましました」


 せわしなく動く人たちの邪魔にならない様に隅の方で、住人たちに構われているせいらちゃんを眺めているとブラキウムさんが隣に立った。

 調子はどうだなんて世間話から始まり、ブラキウムさんの落ち着いた声にこの旅の間、いろんな人と落ち着いて話せていなかったことを思い出す。

 ブラキウムさんは思い返せばよく気にかけてくれていたし、すぐ近くにもいた。けれど私自身が気持ちの整理が付かず、自分のことで手いっぱいで周りの人がどうだったかなんて見えていなかった。


 ああそうだ。最初に物事を他人事の様にとらえていると指摘してくれていたのもブラキウムさんだった。

 小瓶のビールを飲み切る間だけの窓越し会話でよくそこまで見通せたものだ。ついはぐらかしてしまったが、あの時この悪癖を治せていれば何か変わっただろうか。……無理だろうなぁ。


「ありがとうございます、ブラキウムさん」

「あ? どうした?」

「ずっと見守ってもらっていたなと思い至りまして」

「はっ、それが大人の役目だからな」


 ふ、と笑うブラキウムさんにつられて笑う。


「やっぱりまだまだですね、私」

「これからだろ」


 一応これでも二十六なんだけど。……これで二十六か。わかっていたことだが、子供だなぁ私。これも逃避癖の影響?都合の悪いことから目を逸らして、物分かりのいいフリをして、自分が傷付かない様に傍観者でいようとした。

 この世界の住人じゃないと、出来ない理由を並べ立てて、深く関わらなくてもいいように足りない頭を使って逃げ回ろうとしていた。そんな私の臆病で卑怯でどうしようもない部分をよりにもよって年下の青年たちに晒してしまったわけだ。

 ポケットの奥にしまい込んでいた銀の針を入れたケースを取り出して握る。


「正直、まだ全然自分の立場っていうものを受け止めきれていません。……それでも、これからは私がこの銀の針を持っていてもいいと思えるような振る舞いをしたいと思っています」


 視界の端にちらりとアルヘナが映った。彼が逃げるなと言ってくれたから、ちゃんとしなきゃダメだと思えた。

 ずっと部外者だと思っていたのは私だけだったらしい。どういうわけか皆、距離を取ろうとしていた私をちゃんと認識していて、アルヘナ君には逃げるなと言われてしまった。どうしようもない私を晒したのに、まだ私は銀の針とは関係なくだれかのために動ける人間だとレグルス王子が言ってくれた。

 恥ずかしながら、それが嬉しかったのだ。私も本気で誰かにぶつかったり……っていうのはちょっと年甲斐もなくて恥ずかしいので、せめて誰かに寄り添える存在になれたら、なんて。


 砂漠でせいらちゃんを庇ったのは殆ど無意識だった。ピアウトスではメレフ王に連れ回されて殆ど強引に。どうやら、私は既に誰かを救ったという実績があるらしい。

 その実績に見合う振舞をしたい。せめて自分の持っている力や目の前で起こっている事態から目を逸らさないように。同時にまだ自分から誰かに手を伸ばすのまでの勇気はないけど。でも手を伸ばされたのならその手を握り返したいくらいにはならなくては。

 ご機嫌で住人たちに可愛がられていたせいらちゃんが思い至った様に振り返って手を振ったのに応える。緩く手を振り返した横でブラキウムさんは「そうか」とだけ呟いた。


 正直この世界に関わり続けるのはまだ怖い。けれど、今の私でも許してくれるような人たちがいた。だからちゃんとしないと、と思えた。

 ブラキウムさんが笑って、その大きな手で肩を労うように叩く。相変わらず見透かされているみたいだなぁ。

 必死に隠して来たものを全部わかっているみたいな振る舞いをされるのが居心地悪くて、暫くの間苦手意識があったけど、不思議と今はそういう風には思わなかった。多分、きっと私の隠そうとしていた振る舞いがそう思わせていたんだろう。


 ゆっくり息を吸う。青々とした草の匂いが胸いっぱいに広がる。

 うん、大丈夫。私は一人じゃないらしい。ダメなところも全部晒したことだし、ある意味もう怖いものなしだ。

 なら後は、ちゃんと前を向いていくだけ。


再出発!

次話二部ラスト!

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