89 吐露
Side 従者
ワディラムにある魔法石が無事活性化された。
休みを挟みつつではあるものの渓谷を歩き詰めで疲れた。それでもなんとなく宿で休む気になれず、フラフラと集落の中を当てもなく歩く。
集落を歩いていれば気さくで賑やかな住人たちに次々に声を掛けられ、そんな空気に馴染めず結局ヤギ小屋の影で時間を潰す。
何もせず時間を過ごしているとどうしても昨日のことを思い出した。レグルスは自分の知らないところでとっくにかつて一緒に見た夢を自分の夢にしていた。いつかこんな日が来るとはわかっていた。
国を思う気持ちは変わってはいない。でも三人で一緒に見たはずの夢は、もうどこにもなかった。
レグルスはリオサール様に置いて行かれた時のことも、自分に課せられた王位も、受け止めて乗り越えて行こうとしている。そしてそうなるきっかけ、或いは影響を与えたのは間違いなく自分以外の存在で。
今までずっと一緒に育ってきたのに、俺の知らないところで先に成長して。俺だけ置いて行かれたような、俺だけがいつまでも子供の頃の思い出に縋っている様な虚しさがある。
面白くもなんともないヤギを眺めていると不意に足元で声がした。
「やぎさんいるね」
不本意ながら聞きなれてしまった子供の声だ。
見下ろせばいつの間にかちびちゃんが隣にいた。ちらりと視線を回せば少し離れたところにいたルクバトがこちらに向かって頭を下げる。まぁ、一人なわけないか。
幸いこちらに来るつもりのないルクバトはこちらに背を向けて待機している。アイツしかいないところを見ると、どうやらあの女は宿に置いて来たらしい。体力がない癖に集落に残らず渓谷に付いて来たので、今頃ベッドで力尽きているんじゃないだろうか。
「ななちゃんとおはなしした?」
「あ? 何?」
「ななちゃん、あっくんとおはなししたがってたから」
ちびちゃんにそう言われて渓谷の帰り道を思い出す。
妙な話しかけ方をしてきた。慣れない渓谷を歩いて誰よりも一番へばっているくせに俺の心配をするあの女に、居心地の悪さを感じてつい会話を断ち切ってしまった。
「話すことねぇだろ」
「いっくんもおはなししてって、いってたよ」
「……色々あんの」
と素っ気なく返せばちびちゃんは不満そうな顔でその場にしゃがみ込んだ。
あの女、ナナは少し前と比べると随分と余裕が出てきたように思う。いや、前は余裕そうなフリをしていただけなのかもしれない。以前よりも表情は明るくなったし、少しではあるが他の連中にも自己主張をするようにもなった。
ワディラムに付く前の馬車の中で見せたレグルスとのやり取りに、普段自分のことを話さないナナが、自虐とも取れる冗談も言えるのかと驚いた。それだけレグルスとの間が縮まったのか。
一体いつの間に、なんてそんなの俺自身が一番わかっている。ピアウトスでのあの晩だ。一方的に言いたいことだけ言って、突き放した。
あの時自分の背後にレグルスが来ていたのに気が付いていた。そして俺がナナを突き放してもレグルスがフォローを入れるだろうと考えていた。
結果、俺の考え通りレグルスの支えで少しずつではあるがナナは明るくなったにも拘わらず、どういうわけかそのことに俺は焦りを感じている。
レグルスもナナも、自分と同じように藻掻いている奴らだと思っていた。
それがいつの間にか二人とも抱えていた悩みに折り合いをつけていて。
「アイツ等、すげーよな」
「うん?」
「どいつもこいつもいつの間にか立ち直っててよー」
「そうなの?」
「俺だけずっと、立ち止まってんの」
五歳のちびちゃんなら何を言っても理解できないだろうと高をくくって、思いつくままにぽろぽろと言葉をこぼす。
ずるずるとヤギ小屋を背にしゃがみ込めば、隣で不思議そうな顔をしたちびちゃんがいた。こんな子供世界の命運を任せている世界も、胸の内を語って聞かせる俺自身もバカげている。
「悩んでたくせに、腹くくったら急に明るくなりやがって」
「うん」
「藻掻いてんだから苦しいはずなのに、なんで笑えるんだよ」
「あっくんは、くるしい?」
「……そうだな。羨ましくて、苦しい」
過去リオサール様が居なくなった時、立ち直ろうと必死になったが二人の様に前向きではなかった。今もかつて見た夢を同じ形でしまい込んでいるのは俺だけで、レグルスとリオサール様の中にあったはずの、三人で見たはずの夢が変質してしまっているのが寂しい。
認めてしまえば案外気分も楽になる物で大きく吐き出した息とともに、腹の底にたまっていた澱のような、もやもやした気分も抜けていくような気がした。
今隣にいる相手が、自分の言葉の半分も理解していないような子供のセイラで良かった。
ヤギ小屋に背を預けて俯く。少し手前まで生えていた草は、ヤギに食われたのかすっかり土が顔を出している。ついでだから今吐き出した言葉も食っておいてくれ。五歳児相手にお悩み相談なんて、情けなくて頭を抱える。
何を思ったのか、セイラが小さな手を伸ばして俺の背中を撫でた。
「なかないで」
「泣いてねぇ」




