88 世の中本当に必要なものは膝なんですよ
ワディラムにある神殿は渓谷の中腹にあるらしい。
いつもの様に魔法石の活性化のため皆で渓谷へと向かう。神殿までの道のりはタラゼドさんとリオサールさんが案内を買って出てくれた。
そこまではいい。渓谷の道中で体力切れを起こすのは予想済みなので、せいらちゃんはルクバト君に任せ騎士さんたちに応援されながら後ろの方からついていく。すでに肩で息をしている私に「大丈夫か」とリオサールさんが苦笑しながら声をかけてくれる。割ともうギリギリです。
「おし、じゃあ休憩がてらにお兄さんがこの渓谷に住むという大鷲様の話をしてやろう」
「大、鷲様って、守り神の、ですか?」
「なんだ知ってたのか」
騎士さんに貰った水を飲み込み、息を整えながら聞けばリオサールさんがぱっと明るい表情になる。やっぱり神事に熱心って言ってたし自分の興味のある分野を知られているのは嬉しいものなのかもしれない。
笑っていた膝が少しだけましになってきた気がする。
「大鷲様はその昔、世界を管理していた神の一柱だったんだ」
「かみさまなの?」
「おう。他にも神様が十三人してな、それぞれ魔法石を家にしてるんだ」
「そうなんだ!」
「まぁ、今は居なくなっちまった神様も多いんだがな」
興味を示したせいらちゃんのためにリオサールさんがわかりやすく教えてくれる。それにしても魔法石から出て来ていた存在が世界を管理していた神だとは知らなかった。ずっと神様の住処回っていたのか。
ミラムの水神様も町の人は祀っていたし、ワディラムでも同じなんだろうか。……え、じゃあ砂漠の遺跡にいた妖精も神様なの?
頭の片隅で嫌な笑みを浮かべる妖精を無理矢理追い出しているうちに、レグルス王子が神様たちが居なくなった原因や何故その話が他の地域には残っていないのかなど、思いつくままにリオサールさんに質問している。
リオサールさんも嫌な顔一つせず嬉々として答えている辺り、二人の間にあった微妙な空気は無くなっているようだ。
二人の間に確執は無くなったのは嬉しいけど、それとは対照的にアルヘナ君の表情が暗いことも気になる。昨日レグルス王子と同じようにリオサールさんと会っていたはずのアルヘナ君は余り話せなかったのだろうか。レグルス王子に遠慮したとか?
少しの間休憩して、また歩き出す。幸い渓谷の奥深くまでいかずとも魔法石に辿り着いた。
崖の中に埋もれる様に佇んでいる魔法石の周りにはタラゼドさんの家で見たような植物が彫られている。崩れない様に補強はされているようだけど、装飾は少なくあるがままという感じだ。
魔法石にせいらちゃんが近付いていく。いつも通り小さな手が魔法石のつるりとした表面に触れる。光が溢れて、収束する。
正直リオサールさんの話があったし、大鷲様が現れるのかと思っていたが、そんなこともなく。特に気にした様子もないせいらちゃんが「おわったよー」なんて、弾んだ声で振り返るだけだった。
「これで終わりか」
タラゼドさんがぽつりと呟いた。
まぁ、光が溢れるのはびっくりするけど、それだけだものね。
「はい、星の神子の力で魔法石は活性化されました」
「世界に魔力が溢れれば強力な魔法を使う者が現れる。ならばいずれまた、戦争が起こるだろう」
「それは……」
「ワディラムは今、過剰に増えた魔物の被害を受けている」
また戦争、か。その戦争は先代が行っていたもので、レグルス王子は関係ないとは言えないんだろうなぁ。レグルス王子が王位を継ぐのなら無関係とは絶対に言えない。
魔物の被害って、ノーモンでもあった戦後処理の甘さで魔物が増えたってやつと同じ理由だよね。ならワディラムの族長としても、何か言いたくなるのかもしれない。
「対処は出来ているが、あまりいい状況ではない。故に問おう。貴殿は今後、戦争に関与する意思があるか」
静かな声だった。それでいて力強く、真っ直ぐな一族を背負う者の声。
ゆっくりとレグルス王子が息を吸う。
「いいえ。私は、私の持つ力も、立場も、愛する者たちを守るために使いたい。そしてそれが、世界のためになればいいと思っています」
「夢想家だな。守るためには刃を握らねばならんこともある」
「ならその刃を誰かに向けずに済む方法を探します。幸い私にはここまで連れ添ってくれた友と、自分のために悩み、行動していいんだと教えてくれた人たちがいます。なら、周りを巻き込んででもやってみせますよ」
視線の先ではタラゼドさんとリオサールさんが見合って肩を落としながら笑っている。レグルス王子の答えは受け入れてもらえたのだろうか。
随分と、強い言い方をする。私が知っているレグルス王子は優しくて、確かに国も世界も守りたいと願っていたようだけど、結果的にそうなったとしてもあえて誰かを巻き込むなんてはっきり言うような人ではなかった。
巻き込む、というのは言い方が悪いけど、でもきっと誰かを頼る強さを彼は手に入れたんだ。なら、私も……。私もいつかレグルス王子の様に自分の立場や力から逃げずになれたなら。
不意に辺りに影がかかった。名前の通り辺り一帯を覆い尽くしてしまうような巨大な影と鳥の鳴き声。慌てて空を見上げても何もいなくて、それでも今の影はワディラムの守り神、大鷲様のものだと皆確信していたみたいだ。
「神の前で誓ったな。違えることは出来んぞ」
「もとより違えるつもりはありません」
タラゼドさんが揶揄う様に言えば、レグルス王子も笑って答える。なんの根拠もなくて、無責任ではあるけれど、レグルス王子ならきっと大丈夫だ、なんて思う。
ただ、一つ引っかかるのは。
「アルヘナ君」
「ん」
穏やかな表情で集落の方へと歩き出す一団の中で一人だけ始終浮かない顔をしていた人がいた。なんだか思い詰めている様な暗い顔をずっとしている。はっきりとした性格だから気に入らないことがあれば言ってくれる、はず。
しばらくまともに話しかけられていなかったし気まずいけれど、以前の様にタイミングを逃さず、返事もしてもらえた。ただ勢いで声をかけたので何を言えばいいかもわからず。
「えっと、大丈夫?」
「別に、疲れてるだけ。早く帰ろうぜ」
「う、うん。無理しないでね」
来るときヘロヘロになってた私に言われたくないだろうが、何を返していいかわからず、ついそんなことを言ってしまった。
不甲斐ない自分にため息を吐けば、手を繋ぎたかったのか隣まで来ていたせいらちゃんが不思議そうな顔で私を見ている。どうやらまだまだ前途多難みたいですよ、どう思います? 幼女せんぱい。
教えて、幼女せんぱい!




