85 異文化の中に知ってる文化のある違和感よ
見渡す限りの草原が馬車の窓の外を流れていく。
時折ヤギだったりガゼルみたいな見た目の魔物が顔を覗かせてこちらを眺めていた。長閑だなあ。確かに魔物も増えているらしいけど、青々とした草原が広がっていてなんとなく深刻な雰囲気はない。
目的のワディラムまであと少し、というところで不意に馬車が止まった。外ではブラキウムさんたちが話す声が微かに聞こえる。魔物が出たのではない様子に何事かと思っていれば大きな羽音がして、鳥の鳴き声がした。
「殿下、よろしいでしょうか」
馬車の中で何かあったのかと話していると、外にいたブラキウムさんに声を掛けられ馬車を降りる。緑の草の匂いが広がった。本当にワディラムまではすぐそこだったらしく、白いテント家屋が並んでいる。
そしてその集落を背に、民族衣装を着た男が立っていた。
「ようこそ、ワディラムへ」
そう言って笑った男に、私とせいらちゃん以外の人が驚いているのがわかる。
飛んでいた鳥が下りて来て男の腕に止まる。鷹、だろうか。鷹匠の文化もあると言っていたし。出迎え、だろうか。それにしたってどうしてそんなに驚いているんだろう。
気さくな笑顔で立っている男がレグルス王子たちを見ていて、皆困惑したような顔でその男の人を見ている。知り合い?
「……兄さん?」
「ああ、久しぶりだなヴィル。いや、今はレグルスか」
「どうして、ここに」
「ま、色々あってな」
え、お兄さんなの? 行方不明になっていたって言うあの? いつからいなくなってしまったのかはわからないが、レグルス王子の様子を見るに、それなりの時間会えていなかったんじゃないだろうか。
レグルス王子の表情は明るいものの困惑したような口調で。難しい立場の人だし、本来ならお兄さんが受け継ぐはずだった立場に収まってしまった気まずさもあるのかもしれない。レグルス王子の従者のアルヘナ君も複雑そうな表情をしていた。
嬉しそうではあるんだけど、戸惑っているような二人を他所にお兄さんは背後にある集落へと案内を始めた。
「立ち話もなんだし、とりあえず集落へ行こう。お前たちの目的もあるんだろう?」
その言葉に皆が反応して、集落の中へと進んで行く。すぐそこの距離ではあるけれど隣にいるせいらちゃんと手を繋いで歩き出せば、幼女はご機嫌で歩き出した。本当に歩くの好きだなこの子。
砂漠の都市にあったものとはまた違うテント家屋の集落は見慣れないのか、せいらちゃんが物珍しそうに辺りを見回す。それなりに広そうな作りだし、どういう作りなんだろう。ぞろぞろと騎士さんたちに囲まれながら集落の中心へと向かっていく。
「気に入ったか?」
「白くてもこもこしてる!」
「肉もうまいぞ、嬢ちゃんにはちと早いが癖になる酒もある」
よそ見をしながら歩くせいらちゃんに気を付けているとお兄さんが可笑しそうに声をかけてくれる。それにせいらちゃんが元気よく答え、お兄さんも冗談を交えながら返している。気さくな人だなぁ。
しばらく歩いて、一際装飾のあるテントにたどり着く。ここが、族長さんの家。布で閉じられた入り口を無遠慮に開けてお兄さんが中にいる人に声をかける。
「連れて来たぞ」
そう言いながら中へと入って行ったお兄さんの後ろについて行けば、天幕に描かれた草や花の刺繍、それから奥に座る一人の男。恐らく族長さんが来たか、と低く呟けば、彼のすぐ後ろの止まり木にいた鷹もじろりとこちらを見る。
自分が見られているわけでもないのに思わず居住まいを正したくなった。
「お初にお目にかかります。アヴィオールの、レグルスと申します」
「ああ、よく参られた。ワディラム族長のタラゼドだ」
「早速で申し訳ないのですが、手紙でお伝えした通り魔法石が安置されている渓谷への立ち入りを許可していただきたいのです」
族長さん改めタラゼドさんの低い声にこっちまで緊張してきた。
ピアウトスではメレフ様が疫病の原因を解決するために銀の針を使うことを求められたけど、ここでもまた何か求められるんだろうか。
眉間に深いシワを刻んでいるタラゼドさんがゆっくりと目を伏せ口を開いた。
「いいぞ」
「え、あ。いいのですか?」
「なんだ? 断ってやった方が良かったか?」
「あんまりからかわないでやってくれよ、真面目なんだ」
「はは、初々しくてついな」
ぱっと表情を明るくしお兄さんと話している辺り、どうやら我々は揶揄われたらしい。
「いやぁ、すまんすまん。詫びにもならんが宿を用意している。今からだと、渓谷に入る前に日もくれる。今日はゆるりと休め」
「それは、ありがとうございます」
「こいつの弟なら我にとっても弟のようなものだ、そう気構えるな」
呆気に取られているレグルス王子を他所に気安い態度で笑うタラゼドさんは随分とお兄さんと仲がいいらしい。
これは全面的に協力してくれると言うことで良いのかな? 最初とは打って変わって友好的な態度のタラゼドさんとレグルス王子が簡単に事情の確認と認識のすり合わせをして今日は解散になるようだ。
ついでとばかりに私とせいらちゃんの方を見て自由に集落を散策してもらっていいと付け加えてくれた。すみませんありがとうございます。
「ああ。それと、こいつの貸し出し許可も出そう」
「俺は物かよ」
悪戯っぽく笑うタラゼドさんと呆れたように笑うお兄さん。これはレグルス王子への気遣いだろうな。どれくらい離れていたのかはわからないけど、積もる話もあるだろう。
邪魔もしたくないし、ここはせいらちゃんとお散歩かな。ブラキウムさんかルクバト君に声をかけて一緒に来てもらおうか。
ワディラムはなんとなくモンゴルをイメージしています。




