84 一歩進んで振り返る
カタカタと、大型の馬車が揺れる。
本当はこのままピアウトスからアヴィオールに帰る予定だったが、出発する直前に先方との連絡が取れもう一か所向かう場所が出来た。
因みにこの話はレグルス王子とシュルマさんがアヴィオールを出発する前にきちんとしてくれていたらしいが、正直あの時は色々あったので聞き逃していたというかすっぽ抜けていたようだ。
だってほら。妖精に銀の針を押し付けられたり、それならと嫌がらせで妖精が思ってもみない使い方をしてやろうと思ったらちゃんと加護が発動してしまったり。アルヘナ君となんとなく気まずくなったのもあの頃からだったか。
申し訳なくなりながらも、これから向かうというワディラムについて問いかければ、一瞬驚いたような顔をしたものの穏やかに笑ってレグルス王子が応えてくれる。ごめんね、説明してもらった時にちゃんと聞いていなくて。
「ワディラムは渓谷を背に平野部に住む狩猟民族の国で、独自の文化を築いているんです。有名なものだと、民族の男性は鷹を狩猟のパートナーにしているのだとか」
「鷹匠の文化があるんですね」
なんか、大陸の遊牧民みたいな感じなのかな。いや、小学校中学校の教科書に載っていた白い馬のお話以上の知識はないので何とも言えないんだけど。
とにかく鷹と共に狩猟で生計を立てている小さな国で、周辺の平野部でも魔物が増えてきているがその辺りは狩猟民族として上手く共生できているらしい。
「たかじょって?」
「鷹の訓練をしたり一緒に狩りをしたりすること」
「たかってなに?」
「うーん、嘴と爪が鋭くて強い鳥かな」
「そうなんだ」
服の裾を引いて首をかしげるせいらちゃんに答える。なんとなくこのやり取りも久しぶりな気がする。前はよくこういう話をしたけど、ここ最近は全然なかったからなぁ。
ピアウトスにいた時はせいらちゃん自身がメレフ王にべったりだったし、私もあんまりせいらちゃんの話を聞いてあげれていなかったし。そんなことを考えていたらレグルス王子が困った顔でこちらを見ていた
その上で用事があるのは渓谷の方であるとレグルス王子が困った顔で告げる。
「何か、問題が?」
「はい、まぁ。おおよその話は既にワディラムの族長、タラゼド殿には話を通してはいるんですが……魔法石があるのは渓谷なんですよ」
「渓谷……」
渓谷の立ち入り許可はともかく族長さんに我々の目的は話している。つまり問題は立ち入り許可では無い。
そしてこの話をそんなに困った顔ですると言うことは、問題って言うのは間違いなく私だろう。
「登るんですか?」
「渓谷なので登ったり降ったりするでしょうね」
「確実に膝が笑います」
テーブルを挟んだ向かいでブラキウムさんが噴き出した。何なら隣に座っているルクバト君も肩を震わせている。
だって仕方ないじゃない。就職して以降は運動する習慣なんてなかったんだし、これでもこの世界に来て歩き回る機会が増えたし体力も付いた方なのよ。
思い出すのはディアデムでのこと。鉱山を歩いてヘロヘロになったのはもう一か月以上前か。その後行ったノーモンではほぼラクダに乗っての移動だったので問題は無かったが、アレはレグルス王子の配慮だったのかもしれない。
「前に言っていた筋トレでもするか?」
「その際にはイクリール君も誘いましょう。ムキムキになりたいって言っていたんで」
茶化すように笑うブラキウムさんに冗談めかした口調で返す。ムキムキの筋肉は憧れるが、体力も根気もないので今はまだその時ではない。
なんとなく馬車内の雰囲気が和やかになったというか、少しだけ皆との距離が縮まった様な気がする。まぁ、距離を取っていたのは私だけなんだけど。
そういえば声を聞いていないと思い至ったはす向かいに座るアルヘナ君の方へ視線を移すと、丁度こちらを見ていたのか視線が合った。それから、ゆっくりと口を開いて。
「ナナさんあの時微妙に止めてくれてたじゃないですか」
「え。あはは、そうだっけ」
不意に隣からルクバト君に声をかけられそちらを向く。ああ、そうだった。イクリール君と訓練している騎士さんたち格好いいねと話した時にルクバト君もいたんだったか。
半分上の空の返事を返して、再度アルヘナ君の方を見るも、彼は既に腕を組んで目を閉じていて。自分でも、あ、タイミングを逃したなと思った。
腕を組むのは警戒心の現れ、なんて聞いたことがある。それに加えて、さらに目を閉じるって完全に私と話すつもりはないって意味なのかな。少しくらい、話をしたかったんだけど。
……でもこの態度って、私もやったことあるんだよなぁ。いや、うん、本当にごめん。前にがっつり聞きたくないですって態度をアルヘナ君に取ってた。あの時のアルヘナ君もこんな感じだったんだろうか。
話したい。違うな。ちょっと自分勝手すぎるけど、以前自分がアルヘナ君に対して取ってしまった態度への謝罪と、針の力や自分自身に向き合うきっかけをくれた感謝を伝えたいのだ。
全く。本当に情けないほど自分勝手だなぁ。そんなのアルヘナ君にとってはどうでもいいことかもしれないのにね。
楽しそうに話している空気を壊さない様にそっと息を吐く。
一瞬だけ流れそうになった気まずい気持ちも、次の話題で半場強引に押し流されてしまった。
内省しつつも少しずつ、変わっていけたらいいね。




