82 突き放して、拾って
森から帰った後、何事もなく過ごして、夜を迎える。隣ですっかり寝息を立てるせいらちゃんを撫でつつ、なんとなく眠れなくて部屋を抜け出した。
他所のお城だしあんまりよくないことなんだけど、それでもじっとしているのも苦しくて、宛もなく歩いていたつもりなのに無意識に足が向いたのは昨日多くの人の治癒を施した広場で。
まだ広場で休んでいる疫病の患者はいる。けれど最初にここに来た時よりも確実に人が減っている。
減った分だけ、針の力で治した。広場で休む人たちの中にある所々抜けた空間は針の力によって影響を与えた人の数。それほどの人を、この力で救った。
今は救えた事実だけ抱えろとメレフ王は言ったが、その言葉は私にはとても重くて、手放しに喜べない。奪うのももちろん怖いが、誰かを救うというのもその後も救い続けろと言われているようで怖い。
自分の命ですら諦めかけた人間に、誰かの命を左右できる力なんて持たせないでほしい。
私は私が一番信用できない。出来ることなんてなくていい。理解してもらいたいとか、思っていない。捨て置いてほしいのに、なぜか、そうしてくれない人がいる。
「何してんだよ」
「なんでもないよ」
ぼんやりと広場を眺める私に声をかけたのはアルヘナ君だった。
いつもの調子で誤魔化そうと笑いかければ、なんだか怖い顔で舌打ちをされた。大丈夫、いつも通り。彼が私をよく思っていないのも、私がいつも笑って受け流すのも、いつもの通りだ。
「お前いつもそうだよな。下手な嘘で誤魔化して、自分は利口に生きてますって顔して。うざいんだよ」
言われた言葉に、心臓が凍る。
そんなに下手だっただろうか。少し前から、アルヘナ君を怒らせているとはわかってはいたけど訂正出来る気もしない言葉に開きかけた口を閉じるしか出来ない。
「何が嫌なんだよ。人を、世界を救える力を手に入れて、何が気に入らないんだよ」
「……」
「俺にはなかった。人を救う力も、人を納得させられるだけの力も!」
投げかけられる問いに答えられず、ただ、口を閉じた。
「何も知らないふりして、出来ない理由ばっか並べて……それで済むと思ってんのかよ。
お前、本当は全部わかってんだろ? 逃げんな。今ここで、ちゃんと向き合えよ」
吐き捨てる様に言うアルヘナにどう返したらいいかわからなくて、なんとか口を開こうとしてもうまく言葉に出来ずに変な息だけが漏れる。
そうして何も言えない私に舌打ちをしてアルヘナ君は背を向けてしまった。
無理だよ。だって、私は。あぁ、わかってるよ。自分がどんなに無責任なことをしているかぐらい。アルヘナ君の言う通り向き合わないといけないことくらい。
「全くアイツは。すみません、ナナさん。アルヘナを悪く思わないでやって下さい」
「レグルス王子……」
「アイツもきっと焦っているんです」
呆然と立ち尽くす私にいつの間に現れたのか、レグルス王子が困ったような笑みを向ける。
「私の立場が弱いことは以前話しましたよね」
「……はい」
「アルヘナは、ずっと私に寄り添ってくれていた。私のせいで悔しい思いもさせて来た。周りを納得させるためには何かしらの功績が必要でね。アルヘナは特にそのための手段を欲していたようだ。だから力を持っているのに、躊躇っているナナさんに強い言葉を放ってしまったんだろうね」
穏やかだけど、悔しさを感じる声だった。その言葉が本当なら、レグルス王子だって私に怒っていいはずだ。出来るのに何もしようとしない。言い訳ばかりの私を突き放したっていいはずだ。
なのにこの人は、見上げる私の視線をどう受け取ったのか、レグルス王子は笑みを深める。それが苦しくて、許してほしくて、助かりたくて。無責任で、卑怯な言葉を並べ立てる。
「こわいんですよ」
「うん」
「私、ずっと部外者で」
「ああ。申し訳なかった」
「なのに急に針を渡されて、人を救えるんだから救えって。私は何にも出来ないのに」
詰まりそうになるたどたどしい言葉に、否定もせず相槌をくれる。
恥ずかしくて、みっともなくてどんどん視界が滲んでくる。
「誰かを救う力があるなら、正しく使うべきだって、わかってます。でも、怖いんです。私、人の命にまで責任取れない。一度救ったら、また救えって言われる。失敗は出来ない。そんなの苦しすぎる」
「うん、うん……。話してくれてありがとうございます」
ふわりと握られた手は大きいのに優しくて、子どもの様に泣きじゃくる。情けない。怖い。こんな力いらない。誰かに押し付けて、誰かが苦しむのも嫌だ。誰かのためになるのなら使うべき。でも失敗したら? 辛い。こわい。嫌だ。
ぐるぐると、どうしようもない私が頭の中でわめいている。今すぐ逃げ出したい。
「ナナさんは少し勘違いをしている。ミラムで水神が現れた時も、砂漠でエアプランツに襲われた時も。動けなかった私を他所にあなたは真っ先にセイラを庇ったじゃないですか」
「あれは……体が動いて」
「それは誰にでも出来ることではありません。あなたは優しい人です。強くて、優しい人なんです。だから大丈夫」
大丈夫。その一言に、また涙が零れる。
優しくない。強くない。私は、そんな人間ではないのに。
「出来ないことや怖いことは、私や、アルヘナが支えます。だからナナさんも、私たちを支えてくれませんか?」
真っ直ぐ、ただ、純粋に。そう願う言葉にため息が出た。みっともなく喚いた私にどうしてここまでしてくれるのか。
本当はわかっている。この人は優しすぎる。もうきっと見捨てられないのだ。だから甘えてしまう。そして、罪悪感を覚えない様に、彼はそんなお願いをするのだ。
「アルヘナ君を怒らせてしまったし……」
「大丈夫ですよ。アイツは最近ちょっとナナさんに甘えすぎだったんです。何を言っても許されると思ってる」
「でも」
「だから仲直りする時はガツンと言い返してやってください」
反論しようと顔を上げると、レグルス王子が悪戯っぽく笑っていて。
それがずるくて、優しくて。どうしようもない私でもいいのだと許された気がして、つられてつい、笑ってしまった。




