79 力
Side 従者
空き時間を過ごすのは別に苦手ではなかったはずだ。かなり自由にやらせてくれているとは言え、レグルスの職務にも、立場上付いて行けない時もある。そういう場合は決まって何を出来るほどでもなく、中途半端に時間が空いてしまう。
今も似たようなものだ。終わり時間の決まっていない待機時間に、何をするでもなく無為に過ごす。隣ではレグルスがこういう時間に慣れないのかやれ、ピアウトスの王とセイラの関係は何だの、王とあの女の使った力の違いがどうのという話をしている。
やれやれと、ため息交じりに視線を上げれば目の前の広場では王に連れられて患者を治して回る女がいた。あの女が患者を治すたびにちびちゃんが女を褒め、王が次の患者のところへ連れまわしている。
しばらくこの状態が続くので一度解散したのだが、この場にとどまるというレグルスを置いておくわけにもいかず、一部の騎士たちだけを解散させて、俺たちは残ることになった。
「メレフ殿の魔法は治癒魔法だが、ナナさんの針は原因の摘出、といった感じなんだろうか」
よくもまぁあれこれと考えていられる。俺から見れば、アレはただ針を刺して周っているに過ぎない。針治療ってやつか?
つか、あの針の力については正直どうでもいい。俺が気に入らないのは、あいつ自身だ。なんだあれ。さっきから何人もの患者を針で刺して回っているが、回復したらしい患者に何を言われても一向に表情が明るくならない。
何がそんなに引っかかっているのか。アイツは針の力を上手く力を使えている。にも拘わらず、浮かない顔で。
「それで? 何を話しても上の空のお前は何を考えているんだ?」
「なんでもねぇよ」
「ああそう。お前がそういう反応するってことは、またナナさん関係だな」
俺の態度を見てレグルスが呆れたようにため息をついた。
どうしていつもそう、なんて説教が続きそうになるのをため息で制する。うっせぇ。
「苛々すんだよアイツ。ずっと顔引き攣らせてやがんの」
「なる、ほど……。着いてからずっとあの調子だからな、疲れているのかも」
「どうだかな。アイツ、あの針使いたくねぇんだろ」
王に針を使う選択を迫られた時、アイツは助けを求める様に視線をさ迷わせていた。
突然押し付けられた力にまだ戸惑っているというのなら聞こえはいいが、切羽詰まったこの国の状況を見ても渋るくらいなのだから、余程あの針の力を使いたくなかったらしい。
事実、あの針で刺繍を始めたかと思えば、刺繍に加護が付いたとわかった瞬間に、針を使うのをやめた。どういう意図で刺繍に使おうとしたのかが透けて見えるな。
「針の力を、負担に思っている?」
「さぁな」
「もしそうなら。今の状況は、彼女にとって余り良いものではないだろうね」
話をした方がいいのかと漏らすレグルスに、どうせ聞いてもまともに応えないだろうと返す。
実際そうだった。あの女は誤魔化すように遮り、それ以上話を聞く気がないと振舞ってみせた。ブラキウムの奴は、意固地になるだのなんだの言っていたが、アレは逃避の方だろう。
例え望んでいなかったとは言え、なんであんなに力を使いたがらないのか。実際に目の前で苦しんでいる奴を救えて、自分の身も守れて。アイツ自身が大切にしているちびちゃんだって助けたんだ。それを。
「……諦めてんだよアイツ」
「諦め?」
「自分が何かを成すことも、生きていることですらも簡単に諦められる。そういう奴だ」
ああ、そうだ。あの女、ナナは諦めている。なぜそんなに簡単に諦められるのか。理解できない。アイツの諦めた顔が気に入らない。アイツはまだ何もしていない。なのに諦めるなんて意味がわからない。
ナナは、俺たちよりも見えているものが多かった。ミラムで初めてまともに話した時から、ディアデムの鉱山の時もそう。おそらく、トゥレイスであの針を与えられた時も。俺には見えない何かを見て、抗うでもなく受け入れて、諦めた。
何かをしようなんてアイツは考えない。ある物をあるままに受け入れて、否定もしなけりゃ不満も言わねぇ。
もっとナナが嫌な奴ならよかった。喚いて、訴えて、嘆いて。周りに当たり散らすような奴なら。今までぐだぐだとわけのわからない苛立ちに振り回されることもなかったんだ。
俺たちだってずっと、力が欲しかった。否定されないだけの力が。力さえあれば、なりたいものになれた。行きたいところに行けた。もっと自由に笑えた。
それを諦めたくなくて、今も何も出来ないながらにはやる気持ちを抑え込んでいるのに。アイツは全部簡単に手放そうとするんだ。
「アイツ、いつだって出来るのにやらねぇだろ。俺は何も持ってなかったのによ」
「……持ってないのは、私も同じだよ」
俺にはないものを持っているアイツが、気に入らない。出来るのにやらない。あの力さえあれば誰もが認めるのに。
特別な力を与えられながら、そんなものいらないと。捨てたいのに捨てられずに苦しんでいるナナの姿が気に入らない。
隣の芝ではないけれど、欲しいものはいつだって別の人のところにある。




