78 やりたくない、なんてね
余り気は進まない。
いや、人道とか道徳の話をするならば、私はこの針を使うべきだし、救える力があるなら使うべきだ。とは思う。人として、大人としてそうするべきなんだろう。
でも。私はこの世界のことを何も知らないし、知ろうともしてこなかった。突然押し付けられた針の力を信じているわけでもない。もし皆の言うとおりにしても、望む結果が出なかったら?
もし上手くいったとしても、引き続き誰かを救い続ける選択を私は取り続けられるかと問われれば私はノーとしか答えられない。そうなると、あの人は救ったのにどうしてこの人には、なんてことになりかねない。
だったら最初からこの針の力は使わずに、もっとこう、そういう責任に耐えられる人に投げてしまった方が良かったのではないか。無責任と言われても、そっちの方がずっと誠実な気もする。
なんて、了承した後にぐだぐだ言っても仕方がないか。
「本当に、この針にこの土地を救う力があるんですか?」
「ああ。理論で説明するよりも実際に試した方が早いだろう」
メレフ王に先導されて再び広場に出る。曰く、この針の力なら汚染されたこの土地も浄化出来るらしい。
確かにエルナトからも、破邪の力があるだとか言われていたけど、どうして私にそんな物を、なんて思ったり。いや、それを考え出すと、あの意地の悪い物言いをしていた妖精のしたり顔が頭の奥をかすめて嫌だ。
ふと視線を上げた先にせいらちゃんがいた。移動中も相変わらずメレフ王に抱えられている。目が合う度に笑いかけられるし、何なら仲良しアピールされる。何とも言えない気分だ。
「刺してみろ」
「刺すって、ここにですか?」
「ああ」
そんな当たり前みたいに言われましても。
広場には相変わらず病魔に伏している人たちがいる。それぞれが奇異と困惑の目。中にはメレフ王に救いを求める目をしている者もいる。
ここって、何にもないけど、地面にでいいの? 困惑したままポケットに入れていたケースから、相変わらず刺繍針にしか見えない針を取り出す。刺すんだよね? ここに。え? 刺さる?
しゃがんで、地面に突き立ててみる。何とも言えない気分だ。本当にこれでいいの? もう少し深く刺した方がいい? そう思ったのも束の間、ぷつっと。何かを針の先が通った感覚がした。
慌てて針を地面から離せば音もなく、何かが勢いよく抜けていく感じがする。まるで風船に針を刺した時のような、砂漠の神殿にいた木の魔物と同じような感じ。
しゅるしゅると、何かが抜けて霧散していく。それが何かはわからないが、メレフ王の満足そうな顔を見るに上手くいったらしい。心無し辺りの雰囲気も和らいだ気がする。
手応え的なものはあったけど……今ので、良かったの? 目に見える変化は何もない。辺りを見回しても、皆不思議そうな顔をしているし。
「次はこちらだ」
よたりと立ち上がると、腕を掴まれた。そのまま腕を引かれて患者の前に連れ出される。
いやいやいや。この人を針で刺せと?
「数を熟せ、貴様に必要なのは成功体験の反復だ」
「ななちゃんだいじょうぶになる?」
「ああ。上手くできたら褒めてやれ」
「うん!」
あの、当事者を置いて納得しないでください。まだ何が起こったのかも理解できていないし何ならもの凄く逃げたい。まぁ逃げられないんだけど。
目の前には苦しそうな人。縋るような目で苦しそうに呻いている。本当にやめてほしい。
浅く息を吸い、止めて、微妙に震える手で患者の腕に少しだけ針を押し付ける。
細い、殆ど皮と骨みたいな腕に点と、赤い血が溢れ、それと一緒に目には見えない何かが抜けていく感じがする。この目に見えない何かが悪いもので、破邪の力を持つ針で刺されたから、それが抜けていってるって解釈でいいの?
「う、いったい何が……」
「気分はどうだ?」
「あぁはい、王よ。急に体が楽になりまして……」
「よかったね、ななちゃん! げんきになったって!」
「う、うん」
目の前の人は呼吸が楽になったって本人は言うが、針を刺しただけでお礼を言われても困る。
せいらちゃんはにこにこと褒めてくれるけど、何が何だかさっぱりだ。
「ありがとう、ナナ。君の力で、救われた人がいる。……あんなふうに人を助けられるって、本当にすごいことだと思う。君がこの場にいてくれて、本当によかった」
「あ、はい……」
本当にそんな真っ直ぐな目を向けられても困る。いや、レグルス王子の言う通りこの針の力で救われた人がいるんだけど。正直、上手く喜べない。
確かにいいことなんだよ。良かったはずなんだよ。苦しんでいる人がいなくなった。助けられた。この世界で、大きく人の人生に関わってしまった。それが、どうしようもなく苦しい。
多分。私は、帰りたかったんだ。
元の世界に帰れないと聞いて、物分かりのいいフリをして。子供の前だからと、なんでもわかっていますと、納得したふりして。ゲームなんかじゃないって、皆目の前にいる一人の人間だって言い聞かせて。結局、私は違い世界の人間だと線引きして、関わりたくなかった。
「ま、良かったんじゃねーの」
声をかけてくれたアルヘナ君にもなんと返せばいいのかわからなくて、曖昧に笑い返す。正直ちゃんと笑えているかもわからない。
ああ、やだやだ。折角今まで気が付かないフリをしていたのに。最近ずっとこんなのばっかりだ。
「次に行くぞ」
「あの、まだやるんですか?」
「成功体験の反復だと言っただろう」
笑う王様が、酷く恨めしい。
どうやら目を逸らし続けたものを見る機会がやって来たようです。




