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73 酸素、足りてます?

 国境は、これといって検問があるわけでもなく、草原が続いていて。そこからさらに数日かけて辿り着いた国境に一番近い町は思っていたのと違うと言うか、現実を突きつけられたと言うか。

 正直、流行り病の類だと思ってたのよ。もちろん苦しんでいる人もいるのだろうけど、生活は成り立っているし、そこまで酷いものだとは思っていなかった。

 それがどうだ。


 私のふんわりとした想像を笑う様に目の前広がった光景はなんとも陰鬱で、レンガ造りの町はどんよりとした雰囲気に包まれている。元は温かみのある色合いで統一されていただろう家屋も手入れするまで気が回らないのか薄汚れ、花壇の草花も枯れ果てていた。

 本来の予定ではこの街で一泊して先へと進む予定だったのだが……、ままならなそうだな。

 なんというか、長らく放置されたため池のような匂いがする。それから路地奥に積み上げられた何かには染みのついた麻布が被せられていて、僅かに虫も集っていて。

 これは……病気も蔓延するわ。


 一応、町の人はいるにはいるのだが、訝し気にこちらを見て足早に立ち去るか、壁に背を預けしゃがみ込むばかり。何なら皆表情は暗いし痩せ細っている。衛生面だけかと思ってたがこれ食料面にも影響出てるな。

 異様な雰囲気に固まっているせいらちゃんを抱き上げる。物資の調達はともかく、この町で一泊の予定だったんだけど正直無理そうじゃないかと。宿、機能してる?


「ななちゃん、みんなしんどい?」

「うん、そうだね」

「どうしたらしんどいの、なくなる?」

「どうしたら、……どうしたらいいんだろうね」


 心配そうにあたりを見回すせいらちゃんに返す言葉は見つけられなかった。アヴィオール側からは疫病の原因は不明だったが、十中八九あの麻布の下が原因だろう。

 魔法による生活面でのサポートが得られなくなった結果、食糧供給が滞り、栄養失調プラス不衛生によって倒れた人がいたのだろう。それでも、最初はそれまでのスタイルに乗っ取って営みの中に落とし込むことも出来ていたのかもしれない。

 だが、栄養失調プラス不衛生のコンボは良くない。その二つが重なって爆発的に増えたのだろう。その結果が、営みの中で処理しきれなくなったあの路地奥に積み上げられた何かである、と。いくら噂の疫病の原因がわかったとしても、その麻布の下を暴く気にはなれないな。


 どうしたら、なんて言ったところで自分に出来ることなんてない。いや、正直これは誰にもどうにもできないだろう。それこそ奇跡が起こらない限り。

 なんの対策も打って来なかったのは自業自得だとアルヘナ君は言っていたけど、どうしてここまで放っておいたのか。この国がどれ程生活を魔法に頼っていたかはわからないけど、もうちょっと前の段階でどうにか出来なかったの?

 直接生活に影響が出た時点でもっと町の人がパニックになったりして、何とかしようってなりそうなものだが。ずっとぐだぐだ言っている私でも、食べるに困ったらもうちょっと真剣に行動しようってなる。はず。


「セイラ、気分は悪くないですか?」

「だいじょうぶ」


 何とも言えない気持ちで辺りを見回していると、ブラキウムさんたちと話していたレグルス王子が隣までやって来た。

 恐らくこの後の方針が決まったんだろう。


「この国の王は一人で国民に治癒魔法をかけて回っているんです」

「おうさまが?」

「はい、魔法石を活性化できれば、強力な魔法が使える様になる。そうすれば王以外にも街の人を助けられる人が現れるかもしれない」


 それは、そうかもしれないが。随分と焼け石に水な状況だ。レグルス王子自身、何も出来ないもどかしさと、悔しい思いをしているのが見て取れる。

 先を急ごうと、再び馬車に促され小さくため息を吐いた。どうして皆こう、無力さを口惜しさとして受け止められるのか。出来ないことは出来ないと受け入れるべきではないのか。仕方ないで済まして、次に言った方が、ずっと楽なんじゃないのか。

 馬車に乗り込むときに、私の顔を見たブラキウムさんがわざわざ肩を叩いて囁いた。


「思い詰めすぎるな。お前のその癖が、自分を守るためなら、なおさらだ」


 あーやだやだ。そういえばこの人は以前から私の逃避癖を見抜いていたんだった。やめてほしい。皆私をなんだと思ってるんだ。

 私は何も出来ない側の人間なのよ。子供に危ないことしてほしくないとか、頑張る若い子は応援したいとか。自分にはもうない眩しさに目を細めながら一歩どころか五、六歩下がって無責任に声だけかけるくらいの距離で丁度いい。

 舞台になんか上がりたくない。何も出来ない、やらなくていい理由ばかり探している自分が惨めになるから。そういう青春ごっこは私の役目じゃない。こっちは大きな衝突もなく、出来る限る凪の人生を目指して来たんだ。

 いっそあの針も何もかも捨ててどこかへ雲隠れでもしてしまおうか。このたくさんいる騎士さんたちの目を掻い潜ってどこへ行くって言うんだか。


「ななちゃん、ちょっといたい」

「ん、ごめんね」


 無意識に込めていたらしい力を抜いてせいらちゃんを抱え直す。

 この子を置いてどこへ行ける? 振り払うことすら容易いこの子を置いて。誰かを傷付けたいわけではない。

 むしろ関わりを持つことすら息苦しい。



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