72 ぐるぐるぐる
窓の向こうで景色が流れていく。時折小さな石に乗り上げて揺れる馬車は前回同様皆で乗れるようにとレグルス王子が用意してくれた大型のもので。
馬車の中はこれから国同士の関係が良好とは言い難い土地へ行くこともあってか、穏やかながらほんのりと緊張感がある。隣に座っているルクバト君なんてまだ国境も越えていないのにガチガチだ。
「大丈夫?」
「すいません、緊張しちゃって」
まぁわからなくもない。いつにもまして騎士さんたちがたくさんついてきてくれているからなぁ。
ルクバト君は基本的にせいらちゃんと一緒にいるために馬車についていてくれるらしいけど、ブラキウムさんなんかは要所要所で馬車内にいてくれたり、外で他の騎士さんたちと連携を取りつつ歩いたりと忙しそうだし。
やっぱり先代の時のこととはいえ、以前戦争をしていたというのが効いているらしい。両国の戦争はピアウトスの先代王が病気で倒れて停戦したそうだが、そこから代変わりしても冷戦のまま没交渉だったのだとか。
そういう意味では魔法石の活性化のためとは言えよくレグルス王子はピアウトスに行こうと思ったし、ピアウトスの王様もそれを受け入れてくれたな。
かたりと馬車が揺れる。ぐらりと傾いた隣に座るせいらちゃんの体を支えつつ考える。
ピアウトスは今疫病が流行っている。原因についてはアヴィオール側では不明で、わかっているのは現在ピアウトスの王様が一人、魔法を用いて治療していることくらい。
魔法、かぁ。ピアウトスは魔法が暮らしに密接していて世界の魔力が減少した結果、生活するのにも一苦労だと聞いた。
なんとなく衛生面にダメージがいっていると思ってるんだけど、滞在するにあたって手洗いうがいで予防できるんだろうか。というか魔法って病気も治せるんだ。勝手に怪我限定だと思ってた。
まぁアヴィオールは鍛冶の国だし騎士さんたちも皆剣を下げてるし? 実際目の前で見た魔法ってこっちに来てすぐに見せてくれたレグルス王子の火の魔法とエルナトの加護? の魔法くらいだ。
「生活のほとんどを魔法で賄っている国、か」
「ええ、魔力さえあればピアウトスほど強大な国力を持つ国はないでしょう」
なんとなく呟いた言葉をレグルス王子に拾われて居住まいを正す。アヴィオールが魔法石を使った魔導機器の産出で安定した運営ができているのに対し、かつて敵国であったピアウトスは魔力の減少で衰退の一途を辿っている。
これはどういう反応をするべきなんだろうなぁ。先代同士が行ったとは言えその後も冷戦状態だった。
全盛期のピアウトスの国力がどれ程のものかはわからないが、今の状態を維持していれば何かあった時にアヴィオールは優位に話を進めることが出来る。にもかかわらずレグルス王子主導で魔法石の活性化を行ったとなれば、ピアウトスに恩を売ることも出来る。どっちに転んでも、というやつだ。
案外強かだなぁ。いや、今まで私が見ない様にしていただけかも。もちろん純粋に誰かのためだとか、世界を救いたいって気持ちがないわけじゃないんだろうけど、それだけじゃない。
ゲームの中の人とは思ってない。なんて言っておきながら結局私は、型にはめ込んで、それ以外の要素を見ないふり、気付かないふりしてきた。随分と失礼なことしてるんだよなぁ。レグルス王子にも、アルヘナ君にも。
「魔力さえあれば世界をどうとでも出来るような国の癖に、なんの対策も打って来なかったのは自業自得だがな」
「アルヘナ、その言い方は誤解される。星の神子の召喚の儀はエルナトが古い魔術書を探し回ってやっと見つけた方法だったんだ。かの国の王も出来うる手はすべて打っているはずだよ」
「その方法も、手違い付きだったけどな」
はす向かいに座っていたアルヘナ君と視線が合った。何か言いかけて不機嫌そうに目線を逸らされる。
いつもなら何かしらの言葉が飛んでくるのにそれがないのは、まぁ、出発前にイクリール君に怒られたにも関わらずきちんとアルヘナ君と話が出来ていないダメな大人が原因なんですが。いや、だって。だって……全面的に私が悪い。
あれは多分、アルヘナ君なりに気にかけてくれた結果の言葉だったんだよ。にもかかわらず、私が一方的に話を聞かなかった。
正直勘弁してほしい。私は、出来るだけ部外者でいたかったんだ。その他多数の中の一人で、そんなのもいたな程度の扱いで良かった。何なら最初はそうだった。皆が必要としていたのはせいらちゃんで、その周りにいるお世話係みたいな扱いで。それでよかったのに。
どういうわけか、一緒に行動するうちにお国の内情を話される程度の仲になったり、様子がおかしいと気にかけられる程度の間柄にまでなってしまった。なんだってこんなことに。
かたりと馬車が揺れて、きゅっと手を握られる感触に目を落せば、隣に座っていたせいらちゃんが不思議そうにこちらを見ている。とりあえずにこりと笑って繋がれた小さい手を撫でておいた。このままだと、留守番しているイクリール君にまた怒られてしまいそうだ。
「時期に国境を越える。いくつかの街に泊まるが、余りで歩かない様にしてくれ」
「わかりました」
「別に女子供だけで外出させなきゃどうとでもなるだろ」
ブラキウムさんの言葉に素直に頷く傍でアルヘナ君が腕を組みながらため息を吐いた。
疫病についてばかり考えていたけど、偶発して治安も荒れてきている? ありえない話ではないか。もし外へ出る用事が出来た際は騎士さんたちにお世話になるのか。申し訳ないので極力用事を作らない方向でいこう。
お世話になりっぱなしで、何にも出来なくて……、いや、何かをしようともしないで。最近どうにも、こんなのばっかりだ。
転がりだした思考はいつだって悪い方へ




