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69 出来ることとやりたいことは違うもの


 なんとなく、嫌だなぁと。何がと言われると上手く言葉に出来ないんだけど、もやもやとした気持ちを無視するように一針一針、布に糸を通す。パターンはなんでもいいと言われたのでせいらちゃんが好きなうさぎさんにした。

 刺繍自体は無心になれるからいい。問題があるとすれば、手元にある針だ。あの妖精に渡された銀色の針。

 エルナトはこれを破邪のアイテムだと言っていたし、何ならこの針で刺繍を入れたハンカチには加護が宿っているとも。


 糸始末をして余った糸を切る。ピンクの糸で作られたデフォルメされたうさぎの出来上がり。……これに、加護が、ねぇ? 随分ファンシーな加護だこと。

 三枚目の刺繍入りハンカチをレグルス王子に渡せば難しい顔で簡略化されたうさぎの刺繍を眺めている。シュールな絵面だなぁ。


「確かに、加護がかかっていますね。パターンの複雑さに加護の効果は関係ないのか?」

「どうなんでしょう。私が簡単なパターンしか出来ないのでその辺りはなんとも」


 私からするとなんの変哲もない、特に上手くもない刺繍でしかない。いくら妖精に渡された針で作ったとはいえ、こんなものに加護が付いているとか、あんまり信じられない。だってほら、前にエルナトがやってたのってもっとこうキラキラしてたし。

 というか本当にどうしよう。特に考えも無く手慰みで始めた刺繍がどうにも大事になりかけている。悪いものを払うための針だし、見た目がそうでも刺繍に使うのは本来の用途外だろうという楽天的な考えの下始めたに過ぎないのに。

 確かにエルナトの言う通り手に職が付いたので食うには困らなさそうだが、どうせならもっと後を引かずに、それこそ、うっかり忘れ去られたみたいに、消えたかった。


「ナナさんは、今後どうしたいですか?」

「え。どう、とは?」

「ナナさんの刺繍に宿る加護は我が国にとって非常に魅力的だ。そう時間も手間も掛からず作れてしまうのなら、我が国の未来は大きく変わる」


 どう、と言われても。こちらとしてはいきなり妙なアイテムを渡されたので、想定外の使い方をして憂さ晴らしでもしてやろうかと思っていただけなのに。そんなに真面目な話をして、私に選ばせないでほしい。

 私に向けられた質問だと言うのになんとなく視線が泳いでしまう。いつもならその辺りで遊んでいるせいらちゃんも、イクリール君と一緒に散歩に出ていて今はいない。……もしかして最初からこの話をするためにせいらちゃんを連れ出した?


「エルナトは針にも、刺繍の加護をした後にもナナさん自身に影響はないと言っていました。これが量産出来るのなら多くの人が……。いえ、騎士たちが無用な怪我をしなくて済む」

「それは……」

「あなたが望むのであれば、職人として重用しましょう。そうでないのなら、可能な限りこの加護については人に話さないでほしいのです」

「……他国の利益にもさせないため?」

「そうでないと言えば嘘になりますね」


 この人こういう話も出来るのか。眉を下げて申し訳なさそうな顔で笑うレグルス王子はなんというか、私が知らないだけでちゃんと国を運営する側の人だったんだ。

 優しい人だと思ってはいた。誰かのため、世界のためと言うばかりで無欲な人だと思っていた。それが、国のためとはいえ、他の人の益にならないために行動してくれとは。いや、それだけじゃないな。結構すごいこと言われてる気がする。

 つまり言いたいのは、私自身に影響がないなら量産してくれ。騎士に持たせるから、だよね? これって常時はいいけど、非常時は戦争に使われる可能性があるって捉えて良いんだよね? なんとなくダイナマイトの話を思い出すな。トンネルを掘るために生み出した爆弾が戦争利用されるようになった、みたいな。

 私が言えた義理じゃないけど、本来の用途じゃない方の使い方をしたがる人間ってどこにでもいるものだ。


「私は、あまり良い立場にはありません」

「え」

「疑問には思いませんでしたか? この城で、私以外の王族の存在がないことに」

「それは、まぁ、王族にも色々あるのかと」

「聞かないでいてくださった心使いには感謝しています。ですが、私も逃げ回り過ぎました」


 少し目を伏せて、自嘲気味に笑うレグルス王子に、私は何を返せばいいのかわからない。本音を言うならやめてほしい。別に慰め合いをしたいわけではないけども、何かしらと向き合う姿勢を見せられてしまっては、誤魔化し続けている私が惨めになる。

 だからといって彼の歩みを止める権利なんて私にはない。開きかけた口を閉じて次の言葉を促すくらいしかできないのだ。


「この城に王家の血を継ぐ者は私以外にいない。にも関わらず、王位を継げずにいる」

「それは、誰かに反対されているとか?」

「はい。貴族たちに大反対されています」


 他に王位を継げる人もいないのに、何故反対するのか。政治なんてわからないけど、何かしら考えていることがあるんだろう。

 まぁ、お城の人に反対派が居なくてよかったとだけは言っておこうか。


「妾の子なんですよ、私。本来王位を継ぐはずだった兄は行方不明になり、高齢だった父は病に倒れ、王妃は父が亡くなって一年後に生家に帰ってしまいました」

「あなたの、お母さんは?」

「物心つくころにはもう」


 今更ゲームがどう、とか言うつもりはないが、改めてなんで私なんだと思う。最初は本当に巻き込まれただけだと思っていた。後ろに下がって、上手く問題を躱して、せいらちゃんの近くにいる奴くらいの扱いで、ふわっとフェードアウトできればよかった。

 確かに子供に危ないことさせたくないって気持ちはあった。年下の子がなにかに巻き込まれているなら、多少は手を貸してあげたいと。でもそうするための力ないんか無い。大した人間でもない私には、何も出来ない。いや、出来ない理由を並べ立てて満足してたのよ。

 それが。それなのに。何かを出来てしまう力を与えられて。こんなものどうしろって言うんだ。私は、この針の力を。


「幼い頃私に色んな話を聞かせてくれたのは兄だったんです。そんな兄の愛した国を守るために王位を継ぐと決めた。星の神子を召喚したのは、私の王位に反対する者たちを世界や国を救うことで納得させるためなんです」


 本当に力を欲している人のところには何もない癖に、なんで望んでない私のところにこんな力が転がってくるんだ。


「自分の立場を守るために、私にだって出来るんだと証明するために私はセイラやあなたを巻き込んだんですよ」


 幻滅しました? なんていながら笑うレグルス王子は随分と苦しそうで。

 あぁ、嫌だな。多分私、逃げられない。



責任何て取りたくなくて逃げ回ってたはずなのに

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