67 帰路
Side 従者
不快な地響きが鳴り響く遺跡を走り抜けて早数日。
穏やかに揺れる馬車に身を任せ、ため息を吐く。今はノーモンに戻り休息を経て、アヴィオールへ向けて帰路に付いている。
あの後遺跡は崩壊、とまではいかなかったが、入る前よりも傾きも高さも変わってしまった。あと少し遅かったら生き埋めになっていたかもしれないと思うとぞっとしない。
張っていた肩肘も国境の町にたどり着くころには抜けきっており、行き同様レグルスが用意した無駄に広い馬車に乗り換えた後はちびちゃんの表情もすっかり明るくなっていた。
よっぽど魔物が怖かったらしい。まぁガキだしな。目の前で保護者の女が襲われて、そう日もおかず自分も襲われたんだ。そう気楽に笑ってもいられないんだろ。とはいえ、泣き喚いたりしない辺り他のガキよりは面倒がないと言えばいいのか。
ちらりと目の前で膝の上にちびちゃんを抱えながら舟をこぐ女を見る。間抜け面。
異世界から来たとかいう二人は、何をどう見ても世界をどうこう出来るような存在には見えない。最初こそなんだこいつらはと思いもしたが、害はないとこはもうわかっている。魔物自体も初めて見た様だしな。
片方は年相応にビビりまくって小さくなっていたかと思えば、もう片方は直接襲われたにも拘わらずけろりとしている。最初はそう振舞っているだけかとも思ったが、どうにも違和感が拭えない。
エアプランツに襲われた時、あの女は真っ先に神子の安全を確保した。ちびちゃんをレグルスに預け、二人と魔物の間に体を挟み込むようにして壁になった。
星の神子がこの世界にとって、俺たちにとって重要なのをあの女は理解している。それでなくとも、あの女はちびちゃんを可愛がっている。だからこそ自分を犠牲にしてでも守ろうとしたのだと思った。
それが、どうだ。
あの遺跡で、バブの木に魔法石ごと取り込まれかけていたあの瞬間。目が合った時、ようやく表情が見えた気がした。
悩んでいるような、苦しんでいるような、諦めているような。いつも笑っている、食えない、目に映る何もかもをわかっているというような顔をした女でも、そんな顔をするのかと。
それからすぐに魔物の酷い叫び声が響いて、あの女がフェアリーに渡された針を使い、自分で魔物を対処した。
あれは何なのか。今はノーモンで見繕った入れ物に仕舞っているようだが、あの針は一体。
高々針で刺されただけで魔物が小さくなったり弱体化したりするわけがない。あの魔法石から出てきたフェアリーは明らかに悪意があった。神聖な物と呼んでいいのか怪しい存在だ。
そんな存在に託されたあの針は、何らかの力があることだけは確かだ。正直そんな物受け取るなと言いたいが、否応なく押し付けられたなら仕方ない。
「あの針は一体何なんだろうな」
「さぁな」
隣にいたレグルスがため息交じりに呟いた。どうやらこいつも気になっていたらしい。
目の前には気の抜ける顔で寄り添って眠る神子と女。国や世界の行く末がこんな奴らに託されているなんてな。
「なんでナナさんだったんだ。彼女は」
「それこそ知るかよ。碌でもねぇもんに目付けられやがって」
「一応、魔法石に宿るものってのは信仰されるべき対象のはずなんだがな」
夢の国に旅立っている女を眺めため息を吐けば、ブラキウムが困った様に後頭部をかいた。あれを信仰対象にする奴の気が知れないがな。
いや、あのフェアリーについてはどうでもいい。気分はよくねぇが、今後関わりを持つこともないだろう。問題は、目の前の女が。フェアリーに目を付けられ、妙な物を押し付けられた女をどうするべきか。
苛々する。あの時の、諦めたような顔をした女の表情が頭から離れない。
「帰ったらあの針について、エルナトに調べさせるか?」
「ああ、所有者に影響がないとも言い切れないからな」
エルナトなら何かしらわかるだろう。害がないならそれでいい。あいつなら、変なことには使わない。その上で、妙な力を与えられた女として扱えばいいだろ。
魔物を弱体化させる針、か。それがあれば今後魔物に襲われることがあっても、かなり安全に旅が出来る。針という特性上リーチ面での不安はあるが、前回のような場合は効果的だ。
あの女も、自分で身を守れる力があれば少しは気が楽になるんじゃなかろうか。なら、もうあんな顔することもないはず。
「え、あの。ナナさん大丈夫なんすか?」
「まぁ悪いようにはならんだろう」
話を聞いていたルクバトにブラキウムが軽い調子で言う。そうなるのが一番良いんだがな。
考えたところで今はどうにも出来ない。あの針について何も知らないし、あの時あの女、ナナが何を考えていたのかもわからない。
……くだんね。なんで俺があいつのことで頭を悩ませなきゃいけねぇんだよ。
腕を組み直して体を備え付けのソファーに預ける。ぎしりと音を立てて体が沈んだ。まぁ、城にあるソファーよりは硬いが、あいつらが寝落ちする程度には悪くはない。
窓の外を流れる景色は馬鹿みたいに緩やかで、国へ帰るにはまだもう少しかかりそうだ。
なんとなく気に入らないアイツ




