65 どうやら世界に嫌われている
砂の城の奥深くで光があふれる。
それはいつも通り、虹色の目がくらむような光を放って静かになりを潜めるはずだった。目の前の魔法石から溢れる光の中に小さな影がかかる。その影は光が収まりかけた頃、するりと魔法石の中を抜け出した。
以前にも見たことがある光景だ。あれはミラムにあった魔法石から龍神が現れたわけだが、またあんなのが出るわけ? 一応広間ではあるけど、砂に埋もれた建物の一室であんなに大きいのはちょっと。
そんな私の心配を他所に、光の中に現れたのは羽の生えた人型の何か。おとぎ話に出て来るような妖精の見た目をしていて、少年とも少女とも取れる中世的な容姿をしている。
彼、或いは彼女がゆっくりと目を開ける。とろりとした寝ぼけ眼をくしくしと擦り、欠伸を一つ。長らく人が足を踏み入れなかったのもあってか、ぐっすりと眠っていたのかもしれない。
「いきなり叩き起こすから何かと思えば……ふーん」
おっと、これは話が変わってくるぞ。少年のような高い声で周りを一瞥して突如現れた存在はなにやら自信たっぷりに笑っている。
間違いなく妖精だ。しかも人間との常識の違いでとんでもないことをしてくるタイプのやつ。昔の人はこれを信仰してたの? もしかして祟り神的な扱い? 奉って機嫌良くしてもらって厄を逃れてたのか。怨霊信仰じゃん。
「なんだこいつ」
「魔法石に宿る神、だとは思うが……」
アルヘナ君とレグルス王子が困惑しているのを他所になんとなく嫌な気がして、せいらちゃんを後ろに庇う。
透き通った羽で室内をくるりと一周飛んだ後、その妖精はその十五センチくらいの体を私に向けてにんまりと笑った。
うん。嫌な感じしかしない。
「お前に決めた。受け取りなよ」
言うが早いか、妖精は私を指さす。その指先に魔法石よりは弱いがそれでも広場の天井に影を伸ばす程度には強い光が集まる。
その光の中に、小さな線が現れた。緩やかに光が落ち着き始めた頃にはその線が、針であることに気付く。
針? なんで? というか、私?
「え、あの」
「ほら早く」
「はい」
促されるままに手を伸ばせばぽとりと手のひらに銀色の針が転がり落ちる。見たところなんの変哲もない刺繍針だ。錆一つない、普通の。手に取ってみるも何もおかしなところはない。
この針でどうしろと? というかむき身で針を渡されても困る。落としたらどうしよう。
「これは一体?」
「さぁ? なんだと思う」
「針にしか見えないけど……」
「じゃあそうなんじゃない?」
まともに応える気がないのか私の反応を見て楽しんでいるのか。妖精はにんまりと笑いながらふわふわと浮いている。
多分性格はよろしくないんだと思う。私だって人様に何か言えるような人間ではないけどさ。まさか本当に怨霊信仰的な存在だとは思わないじゃない? そんなのに目を付けられるとも。
どう扱って良いのかわからない針を片手に、これまたまともな回答が帰って来ないのも理解しつつ今一度妖精に問いかける。
「なんで、私に?」
「自分は関係ないですって顔している奴が舞台に上げられてワタワタしてるのが一番面白いから」
「えぇ?」
可愛い見た目で行動の理由が邪悪なの嫌だ。思わず針を手に頭を抱える。これどうすれば正解? 受け取り拒否しても許されるやつ?
ミラムで会った龍神は私のことなんて眼中に無い感じだったのに、こっちの妖精は純粋な悪意を持って私を見てる。害意じゃないだけいいのだろうか。どっちにしろこの妖精が碌な存在じゃないのだけはわかる。
何もかもを見透かしたように笑う妖精を見つめ直せば、小さな体で思いっきり伸びをする。
「ななちゃんをいじめないで!」
「可愛がっているんだよ」
ぐっと私の服を握ったまま背後から顔を出すせいらちゃんに、妖精は欠伸交じりにこたえて私を見た。
それもにやにやと嫌な笑いのまま。たった一言、私に残して跡形もなく消えてしまった。
「ま、がんばって?」
何を頑張れと? あの、本当に勘弁してほしい。嫌な予感しかしない。
何? 舞台に上げられるって。ごめん被りたいのだが? 今だって巻き込まれただけにしては十分過ぎるほど関わってるつもりなのよ。こっちは数カ月前までなんの取り柄もない社会人だったのよ。持ち物だってピザとビールしかこの世界に持ち込めなかったのよ。特別な才能なんて生まれてこの方縁も所縁もなかった。そんな私に何をしろと?
ワタワタ? 十分してるわよ。慣れない環境にどういうわけか自分に懐いているお嬢さんの生活の手助け。殆ど蚊帳の外で動いていく状況を何とか呑み込んでそういうものだって無理矢理納得して、これ以上どうしろと?
邪魔はしないし、帰れないなら帰れないでどっかその辺に放り出してくれれば、何とかして生きていくからさ。私に選ばせないでほしい。どうせ大したことも出来ない。なんでもいいから放っておいてほしい。
ぐるぐるぐるぐる。妖精が消えた後を見つめて考える。いったい私が何をしたって言うんだ。なんで私だったんだ。
エルナトは私とせいらちゃんの前世に繋がりがあったって言っていたけど。なんの繋がりなんだ。前世で清算しておいてくれ。
「ななちゃん?」
「っえ、あ」
不意に服が引っ張られる。視線を落とせば不安げな顔をしたせいらちゃんがいて。どうしたの? なんて、白々しく声をかけようとして、声が出なかった。
それは別に私自身に問題があったからじゃない。せいらちゃんに言葉を返す前に、広場に地響きと酷い揺れが広がり、どうしたの、などと言っている場合ではなくなっただけ。
ごとりと音を立てて、切り揃え並べられていた石の床が持ち上がる。木の根が、動いている? 魔法石に絡みついていた木の根が脈打つみたいに伸びて、私と、せいらちゃんを魔法石ごと飲み込むみたいに育っていく。
「セイラ! ナナさん!」
「早くこっちへ来い!」
レグルス王子が手を伸ばしている。ブラキウムさんが暴れ回っている木の根を剣で払いながら叫んでいる。イクリール君を庇いながら剣を握っているアルヘナ君も、ルクバト君も騎士さんたちも。皆木の根の向こう側。
もう少し早く気が付ければ、せいらちゃんだけでも向こう側へ逃がせたかもしれない。不安そうな顔のまま私の腰にしがみついている幼女の肩を抱いてため息を吐く。
ああもう。何やってんだろ私。




