63 彼女はいつも笑っている
Side 第二王子
低葉樹と背の低い草に縁取られた砂漠の泉は、太陽光を反射して眩しい。
長らくラクダに乗っていた上に、オアシスに辿り着いて早々に予定の確認といくつかの報告を受けていたため、随分と体が固まってしまった。
ガチガチに固まった体を解しつつ少しだけ歩く。本当なら体を休めるべきなんだろうが、報告にもあったセイラがあまり元気がない様子だとか、ナナさんが砂に埋もれた遺跡に入るのを警戒していたというのが気になった。
付近を見回せば思った通りセイラとナナさんがルクバトを伴って散策している。セイラは外遊びが好きなようだしいつも通りにも見えるのだが、少し遊んでは思い出したようにナナさんにくっ付いている辺り先日ナナさんが襲われかけたことを気に病んでいるらしい。
アヴィオールの神殿を周っていた時には見られなかった行動に、自国が平和だったことを喜ぶべきか。危険な場に連れ出していることに罪悪感を覚えるべきか。
「長旅お疲れ様です、二人とも」
「レグルス王子も、ブラキウムさんたちとのお話お疲れ様です」
「セイラの様子は?」
「うーん。やっぱり魔物は怖いみたいですね、声を聞いただけで固まっちゃいますし」
他の騎士たちが野営の準備をしている中を抜けてナナさんに話しかければ彼女は困った様に笑う。
ナナさんがエアプランツに襲われかけた一件からずっとそんな調子らしく、ルクバトと泉を覗き込む小さな背中を眺めてそっと息を吐いた。
「お二人の住んでいた世界には、こういったことは……」
「少なくとも、私たちの住んでいた国は平和でした」
住んでいた地域こそ違うとは言え、彼女たちの国は医療も発達しており幼子でも学ぶ権利が与えられ、清潔な暮らしを送っていた。それに魔物もいなければ、魔法ですらなかったらしい。
争いが無く命の危険に晒されない、そんな場所に住んでいた二人を巻き込んだ私に、二人は憤るでも無く笑いかけてくれる。故郷へ帰りたいと嘆くのではなく、ただ現状を受け入れて。
罪悪感は、いつだって消えない。きっとそれはこの世界を救った後も同じはず。
「ナナさんには、この世界はどう見えていますか?」
平和な世界に生まれ育った彼女たちには、この世界は、私はどう映っているんだろうか。
自分たちの都合で魔力を大量消費して、その結果緩やかに近づく終焉に慌てている私たちを滑稽と笑うだろうか。そんな人ではないとわかりつつも、確認せずにはいられない。
「なんというか、意思統一が出来てない感じですよね」
「それは……そうですね。私の力不足です」
「レグルス王子が世界を思って頑張っているのを、私は知っているつもりです。でも国民が、魔法石を活性化しないとどうなるのかを理解していないから、人々の心が同じ方向を向いていないんだと思います」
ゆっくりと、言葉を選びながらナナさんが言葉を紡ぐ。
正直痛いことを言われている自覚はある。そうだ、私は、アヴィオールに残る唯一の王族であるにも関わらず未だに王位を継げぬまま。
無論そのメリットとして、こうして自分の足で各地の神殿を周れているのだが。今のままでは兄の愛した国も、巻き込んだにもかかわらず協力してくれるセイラとナナさんを守れない。
「まぁ、でもほら! 強烈な目的……、目の前に危険やご褒美がないと人って動かないから」
困った様に取り繕う彼女は一体どんな人生を送って来たのか。
そういえば私自身も彼女たちに国のことを話してこなかったが、彼女たちの暮らしも聞いては来なかった。知るべきだと、言いながら聞いていいものかと足踏みしていた。
「どうすればいいと思います?」
「うーん、言葉を尽くすしかないんじゃないですかね。ただちょっと世界を救うには、アヴィオールは平和すぎる気もしますが」
本当はそれがいいはずなのにね、なんて笑うナナさんは視線をセイラに戻しながら彼女の国、あるいは世界が抱えていた問題について思い出しながらも話してくれた。
それはこの世界で言う魔力の代わりになるいくつかのエネルギー資源の枯渇問題の話だったり、環境汚染の元を減らそうと約束したにも関わらず吐き出し続けているところがあったり。
そんな話を聞いているとどこも変わらず利益と打算で回っているのだと思わされる。
「世界を救いたいと、思っているのは本当なんです」
「はい」
「でも、世界を救うことで成したいこともあるんです」
「いいんじゃないですか? 目的のついでに世界を救う、で。多分普通に暮らしている人からしたらどっちの優先順位が高かったかなんてわかりっこないですし」
思わず見つめていればナナさんは肩を竦めて小さく笑った。
不思議な人だと思う。いろんな物が見えているのに、驕るわけではなく、ただ静かに微笑んでいる。それでいて、どこか遠くにいるような人。この人にも、呑み込めない事情などあるんだろうか。
何かとアルヘナが彼女に構うのはこういうところが気になるからだろうか。
どういうわけか我が幼馴染みはナナさんに対する物言いが雑で、最初は突っかかっているような、年上の女性に甘えているようにも見えたが同時に彼女をよく理解している。
彼女がエアプランツに襲われた時だって口悪く怒っていたが、アレは心配が一周回って怒りになっている感じだったし、何より私より後ろにいたのに一番に飛び出していた。
そういえば、ナナさんは大丈夫なのだろうか。セイラの手前耐えているだけで魔物に対する恐怖心は。
「ななちゃん!」
そう考えたところで、先ほどまでルクバトと泉を覗き込んでいたセイラがナナさんに抱き着いた。
どちらもふわりと笑っているが、いつもよりも覇気がないように思える。暑さと、魔物に遭遇した精神的疲労か。
守りたいと思ったはずのこの空間でさえ、守りきれていない己の不甲斐なさに情けなくなって、一人、砂漠の砂を踏みしめた。




