61 覚めない夢をまだ見てる
頂いたマスカットをほぼ一人で食べてご満悦なせいらちゃんはお腹もいっぱいになったし、久しぶりにちゃんとしたお部屋で休めることに安心したのか膝の上にもたれかかって微睡んでいる。私はいいんだけどその体勢、お腹が圧迫されて苦しくない?
これが平均的なのか、それともせいらちゃんが特別なのかはわからないが、相変わらず小さな体でよく食べる。食べるのが好きなんだろうなぁ。よく食べ、よく遊び、よく寝てもらって。
子供特有の高体温を膝に感じながら、手慰みに幼女の細い髪を撫でる。
案内されたお部屋はお高そうな調度品がそこかしこに並んでいてなかなかに気を使いそうな部屋だ。今はその一室に皆して集まって、今後の予定を確認している。
明日は一日休んで明後日砂漠の神殿に行く。ラスペルバさんから預かった地図を確認しながら、レグルス王子とブラキウムさんが中心になって神殿へのルート確認と、砂漠に住む魔物の特性について話を進めている。
魔物か。遭遇する度にせいらちゃんが固まっちゃうんだよなぁ。ブラキウムさんたちがいるし大丈夫だと毎回言い聞かせているが、やっぱり遭遇するだけでも怖いんだろう。まぁ、私たちにとっては本当に未知の存在だし仕方がないか。
「引き続き、セイラをよろしくお願いしますね。ナナさん」
「わかりました」
淡々と、けれどどことなく表情が暗いレグルス王子に返事をする。
ラスペルバさんとの話が後を引いているのかもな。
レグルス王子が誇示したいものとは一体何なのか。
よく考えたら私はレグルス王子について何も知らない。遠い記憶の中の、画面越しの彼はどこまでもお人好しで世界のために、人々を救うことにこだわっている様にも見えた。
そうなった原因を知る前にゲームを起動しなくなったことに、少しの後悔と安堵を覚える。何もかも知っている状態だったら、自分は今どんな反応を彼に返していただろうか。いや、結局今と何にも変わってないだろう。私はそういう卑怯な人間だ。
レグルス王子を慕う人々はあのお城にたくさんいる。ここにいる人たちはもちろん、留守を預かっているシュルマさんもメイドさんたちや騎士さんたちも温かく見守ってくれている様に思う。けれど、そこに彼の家族の姿はない。
いくら仲良くなれそうだと思ったけど、さすがに家族間についてまで首を突っ込む勇気はない。話してくれるなら聞くけれど、きっとその役目は私ではないはずだ。
それこそ、今までずっと傍で支えてくれたアルヘナ君とか、近しい立場のイクリール君、頼りになる大人のシュルマさんやブラキウムさん。吐き出すだけなら、彼が今一番仲良くなりたいせいらちゃんだっている。
まだ五歳だし難しいことはわからないだろうけど、あの子はとても賢い子だ。何かしらを感じ取り、寄り添ってくれるかもしれない。
「遺跡までは片道二日、途中にあるオアシスを経由して遺跡に向かう。で、構いませんか?」
「ああ。問題ない」
ブラキウムさんの言葉にレグルス王子が頷く。
神殿は砂漠の遺跡にある。古い文明の跡地らしく、もうほとんど砂に埋もれてしまっている。……魔法石を活性化させる道中でうっかり生き埋めになったりしない?
とにかく、その神殿はノーモンにあったもう一つの都市の名残だそうだ。大昔に存在した二大国家の片方で存在だけが実しやかに語られる国。砂漠の遺跡は何があって滅んだのか、真実はすべて砂の中。
「休むだけ休んでとっとと帰ろうぜ」
「急ぐに越したことはないですけど、その言い方はどうなんです?」
「へいへい。ンで? アンタは何もねぇの?」
急にこちらを向いたアルヘナ君に首をかしげる。
何も、とは。
「砂漠の気候とか、魔物に遭遇してどうだったかって、聞いてんの」
「うーん、未だに現実味がなくて魔物についてはなんとも。あ、体調は特にしんどいとかもないです」
言いながら、なんとなくブラキウムさんから視線を逸らす。
以前、他人事のようにとらえていると言われた。ここがゲームの世界だから、という理由ではない。はず。私だってそれなりに考えてはいるし、「わからないなら仕方がない」と言うつもりでもない。
ただ。国や人のあれこれを知ったところで、理解したところで、それをどうこうしたり影響を与えられるような存在ではないと自覚している。だから、積極的に誰かに関わろうとか、理解しようとかって思えないだけ。
「大丈夫そうですね。なら、やることは決まっているんです、今はそれを全うするだけだ」
「ああ、そうだね。うん。今は、出来ることをやろう」
イクリール君の言葉にレグルス王子が力強く頷く。どうしたいのか、どうすべきかを考える時間は疾うに過ぎたらしい。
わかっているし、そうなる様に振舞っているくせになんとなく蚊帳の外なのが少し寂しい。なんて自分勝手で卑怯で何にも出来ない人間なんだろうね。はい、自己嫌悪。
なんて。誰にも聞こえない様にため息を吐いた私の膝の上で、微睡みの中にいる幼女が一つ欠伸をした。




