57 砂漠の洗礼
呆気ない。と表現するのは少し違うのかもしれないが、目の前に現れた魔物は騎士さんたちの手によって手早く片付けられてしまった。
それこそ瞬く間の出来事だった。私が目を白黒させている間に手早く包みに入れられ後方へ運ばれていった。一部の騎士さんたち曰く今夜はお肉らしい。あの魔物のジビエかぁ。食物連鎖の風を感じるな。
というか魔物って食べられるんだ。まぁ確かに、シカのような見た目の魔物だったし比較的食べることに抵抗のある見た目ではなかったけれど。
ただ、問題があるとすればせいらちゃんだ。
ブラキウムさんに言われた通りにせいらちゃんの視界をふさぎはしたのだが、それでもあの魔物の鳴き声が怖かったらしく、魔物の遭遇から暫く経っても小さくなって固まっている。
「大丈夫っすか?」
「お水は飲んでくれたんだけどね」
心配そうに声をかけてくれるルクバト君に返せば、彼は困ったように眉尻を下げた。
一応水分はとってくれたし脱水症状にはならないと思うんだが、それ以外の態度が頑なでな。抱っこするかと聞いても首を振るばかりで、けれど、私の服を掴んだまま話そうとはしない。よっぽど怖かったんだなぁ。
落ち着くまでは好きにさせるかと考えつつ、なんとなく手持無沙汰で周りに視線を投げる。
今日はここで野宿になるらしく騎士さんたちが簡易的なテントとタープを設置してくれていて、それを小高い岩陰を背に眺めている。少し離れたところにはサボテンなんかも自生しており、砂漠と言っても植物はあるんだなと改めて思った。
何なら背後の岩の根元には根っこのない草も絡まっている。何だっけこれ、西部劇でよく見るあの草じゃなくて、もっと葉っぱみたいな。とにかく風で運ばれてきてここに引っかかったんだろうな。
「砂漠って、結構生き物が住んでいるのね」
「そうっすねぇ。四足獣系や鳥類、爬虫類の魔物なんかがいますね。あ、植物系の魔物は見分けがつき難くて危ないんで気をつけてください」
「へぇ。魔物と動物の違いって何なの?」
「基本的には家畜化されたのが動物っすね」
猪と豚みたいな感じなんだ。騎士さんたちが野営の準備をしてくれている間手持無沙汰でルクバト君と話す。
相変わらず気分は晴れないようだが、少し落ち着いたのかせいらちゃんが私にもたれかかって来た。もしかして甘えていらっしゃる? とりあえずなでなでしておけばいい?
そんなことをしていると不意に影が落ちて来て、隣にいたルクバト君が慌てて立ち上がった。
「大丈夫ですか? もしかして気分がすぐれないのでは?」
「ちょっとこわかった」
レグルス王子だ。何やら大人しいせいらちゃんを心配してきてくれたようだ。何ならその後ろにはちょっと面倒そうな顔で、アルヘナ君も付いて来ている。
衣服が汚れるのも気にせずわざわざしゃがみ込んで視線を合わせてくれるレグルス王子に、ようやくせいらちゃんの顔が戻って来た。
カサリと背後で音がした。緩い風が吹いて来たし後ろの草が揺れたのかもしれない。
根っこのないものだったしこっちに転がって来やしないだろうかと、隣に座ったせいらちゃんに草が当たらない様に手を伸ばしつつ振り返る。
「危ない!」
何かが伸びて来た。
そのまませいらちゃんの体をレグルス王子の方に押し出し、伸びて来た何かとせいらちゃんの間に体を挟み込む。
何かが腕に、体に巻きついて来て後ろに引かれる感覚がする。倒れ込む直前に何人かの声が聞こえて、とっさに閉じた目を開ける頃には何もかもが終わっていた。
「バッカ! お前マジでバカ!」
待って、なんで私アルヘナ君に怒られてる? 今どうなってる?
アルヘナ君の反対側にはレグルス王子に抱えられたせいらちゃんがいる。怪我はなさそうだ。良かった。というか私よく体動いたな。
「マジでビビったわ」
「うん。私もびっくりした」
何が起こったのかはわからないけど、わらわらと騎士さんが周りに集まっているあたり、もう大丈夫なんだろう。
私の腕を引きバシバシとはたくように巻き付いていたままの葉っぱを払うアルヘナ君は、焦りを通り越して半分怒っている。いや、ごめんて。
私を引き倒したのは草の魔物だったようだ。植物の魔物ってあんな感じなんだ。ファンタジーこわ。とにかく私に巻き付いた草をアルヘナ君が切ってくれて残りは周りにいたルクバト君たちが何とかしてくれたらしい。
「守ると言っておきながら、危険な目に合わせてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、レグルス王子のせいじゃないんで」
「俺の方からも改めて謝罪させてくれ」
「大丈夫ですよ、怪我もないんで」
いつの間にか近くに来ていたブラキウムさんと隣で落ち込んだ表情のルクバト君に笑いかける。うん。びっくりはしたが特に怪我という怪我はない。
それに植物の魔物は見分けがつきにくいらしいし。そんなに気にしなくていいよ。いわばファンタジーの洗礼みたいなものだと受け取っておくよ。
「ななちゃん、いたくない?」
「大丈夫だよ。怪我もしてないし」
レグルス王子に抱えられていたせいらちゃんが半泣きになりながら私に抱き着いて来る。結構強く押しちゃった気がするんだけど痛くなかったかな。立て続けに怖い思いをさせて申し訳ないな。
擦り寄るせいらちゃんを抱きしめつつ、小さな体についた砂埃を払う。まぁ、うん。覚悟しなきゃなとは思っていたけど、実際魔物と遭遇してみると呆気にとられる方が大きいなぁ。
怪我もないし、皆そんなに深刻そうな顔しないでほしい。




