56 永遠に彷徨える湖みたいな話をしていたい
だんだんと馬車に乗るのも慣れてきた。と、思ったんだがなぁ。
にこにこと、「皆で乗れるように手配したんだ」と笑うレグルス王子に促され上げたのは、前回乗ったのとは違う大きい馬車で。
中も随分と広々していてふかふかのソファーの他にテーブルまであって、よっぽどせいらちゃんと一緒に乗りたかったんだなぁ。
お城を出発した馬車は一度アルシャカウトを経由してさらに西へと進んでいく。馬車自体は比較的快適ではあるけれど、大人数での移動って微妙に気まずくない?
目の前には見慣れた顔ぶれがずらりと並んでいて、レグルス王子にアルヘナ君、イクリール君にルクバト君。そこにせいらちゃんと私がいる。何なら外にはブラキウムさんが他に騎士さんを率いて警護してくれていて、いつにも増して大所帯だ。
そういっそシュルマさんも来てくれればよかったのに。比較的話しかけやすいし体力の少ない仲間としても安心できる。いやまぁ、シュルマさんにはレグルス王子が不在中のお国の運営を任されているらしいからお留守番なんだけど。
移動中の大半を王子様二人が幼女をちやほやしているのをなんとなく眺めて大人しくしていた。時々せいらちゃんが私に構いに来るのを微笑ましそうな、それでいてちょっと羨ましそうな顔で見るのは、やめてほしかったな。
本来のゲームの主人公だっていうのもあるんだろうけど、この世界の住人皆せいらちゃんに対する好感度高いなぁ。
数日の馬車旅の中でどんどん景色が変わっていく。
レンガ造りの建物が並ぶ街から温かみのある木造建築の町。それらを通り抜けて辿り着いた国境の街は砂漠と野原の中間みたいな感じで、背の低い草木と砂地が入り混じっている。
建物も木造だったり、テント系のものだったりが入り混じって、異国味がある。
ここから先は本格的に砂漠になっていくので、快適さと気まずさのあった大型の馬車も乗り換えだ。
砂漠の気候だとか魔物についてとか。気になることは色々あったが、一番意外に思ったのは砂漠って意外と草木があること。あと動物も結構いる。
「せいらちゃんラクダさん見たことある?」
「らくださん? ない!」
荷物の入れ替えをしてくれている騎士さんたちの横で見慣れないのかテントを見上げたり、足元の草を突いたりしているせいらちゃんに話しかける。
ちょうど馬車の荷台で隠れていたラクダがぬっと顔を覗かせた。ふふ、驚くとは思ってたけど口を開けて見上げている。
荷物を積まれたラクダが立ち上がるのを見て固まっているせいらちゃんをにやにや見守っていると、レグルス王子とブラキウムさんが近くにやって来た。
「これからラクダに乗って移動するのですが、怖くないですか?」
「……こわくないよ!」
ビビってるんだよなぁ。未だにラクダに釘付けのせいらちゃんは片手でしっかりと私のスカートの裾を掴んでいる。
魔法石の中から現れた龍神は平気でも、想像より大きかったラクダは怖かったか。
「セイラは誰と一緒に乗りたいですか? もしよければ私と……」
「ナナちゃんがいい」
「そう、ですか」
ちょっと残念そうだ。まぁ、うん。多分タイミングが悪かったんだよ。
そんなレグルス王子に苦笑しながらブラキウムさんが口を開く。
「ラクダ……あー、乗馬の経験は?」
「ないですね」
「だよなぁ。王子」
「私は構わない」
取り繕ってはいるが若干しょんもりしている。
ブラキウムさんは騎士団長さんだし本来はレグルス王子に付くべきなんだろうが、今回は私とせいらちゃんが乗るラクダを引いてくれるらしい。
申し訳ないけど、身体能力が高そうだしブラキウムさんがいてくれるならうっかりラクダから落ちそうになっても助けてくれるかもしれない。
「しょぼくれた顔してんな」
「僕が一緒に乗ってあげましょうか?」
仲良し二人にからかわれるレグルス王子と共に、馬車を置いておくために一部の騎士さんたちと別れる。
簡単なレクチャーを受けてラクダに跨って、一緒に乗るせいらちゃんを受け取った。歩き出した時の揺れもそうだが、ラクダが立ち上がる時点ですでにせいらちゃんはガチガチになっていて、少し笑ってしまった。
まぁ、なんだ。正直ちょっと楽しんでいた。この辺りでは魔物が出るとは聞いていたんだけど、結局今まで見たことなかったし。
だから、ちょっと油断していた。
「お出ましだ」
ブラキウムさんの低い声と共に空気が変わった気がした。
動物の鳴き声が聞こえる。尖った角二本が生えたシカのような生き物だ。目つきが鋭いけど、あれが魔物なのかな。
騎士さんたちが周りを囲む。一匹かと思っていたけどよく見ると同じ種類の魔物が何匹かこちらを伺っている。茶色い毛のせいで気付かなかった。
「嬢ちゃん、悪いが巫女殿の視界を遮っておいてくれるか?」
ぼんやりと角の魔物を見ているとブラキウムさんに声をかけられる。
慌ててせいらちゃんの目を手で覆う。それを合図にブラキウムさんが周りにいる騎士さんたちに指示を飛ばした。
魔物の威嚇するような鳴き声や唸り声が上がる。それが、合図だった。




