55 真夜中談義
余計なことを考えるのは暇な時間があるからだと思う。
手持無沙汰だとつい変な方向に考えてぐるぐると袋小路に陥るんだ。やっぱり何かしらの趣味を持つべきよね。折角ある程度文字が読める様になってきたんだし本でも、と思ったがさすがにもうすっかり日も落ちているし本を開くのはやめておいた。
のそのそと起き上がったベッドの上では気持ちよさそうにせいらちゃんが寝ている。幸せそうでなにより。
こんな風に静かな夜は、あの人が来てくれるんじゃないかと思った。
約束なんてしていないし、来る時はいつも突然だけど。なんとなく、そんな気がした。外で何か音がした気がする。なんとなく逸る気持ちを押さえつけて窓を開ければ、そこにいたのは。
「やぁ、夜更かしかな?」
思っていたのとは違う人だった。こういうのがあるから期待するのは嫌なのだ、いや、別に窓の外にいたエルナトがどうというわけではないのだが。
よく見るローブのまま、窓辺の木の下に佇む彼は穏やかな顔で笑っている。
「よい子は寝る時間だが、どうやら眠れないらしい」
「そんなところです。あなたはお散歩?」
「ふふ、そんなところだね」
この時間に散歩かぁ。
興味はあるけど、さすがに今から外に出る気にはならない。うっかりせいらちゃんが目を覚ました時が心配だし。
「浮かない顔をしているね。何か悩み事かな?」
「まぁ、悩み多き人生ですよ」
「それは大変だ。私が相談にのってしんぜよう」
芝居がかった動作でお辞儀をするエルナトに苦笑する。
そういえば遠い記憶の中の画面越しの彼もこんな芝居がかった物言いをしていた気がする。
「よくあるあれですよ、モラトリアム的な?」
「自分探し的な?」
こっちにもあるのか自分探し。
「いいじゃないか自分探し。大いに結構、ルーツを探すのはいいことさ」
ルーツねぇ。前世がどうとかってエルナトが言っていたが、結局あれは何だったのか。
待ち人とは違い木の上に登っては来ない彼は、何をどう調べて魂だの前世だのと言ったんだろう。
「前に言っていた前世って何なんです?」
「前の世。魂の巡りを表すものだが、そちらの世界にはない概念だったかな?」
「いえ、それは知ってますけど。私とせいらちゃんがどうとかって」
「伝えたままだよ。君と星の神子は愛とか奇跡とか、そういう不確かな縁で繋がっているのさ」
うん。まるで意味がわからない。
そもそも愛とか奇跡って私と一番遠い存在の気がする。何なら社会人時代は未来も危うい状態だったのよ?
「君だって、星の神子を憎からず思っているだろう?」
「せいらちゃんは小さい子ですし。出来る限りのことはしてあげたいとは……あの、来世で一緒になろうとか、そういう感じの話してます?」
「いいね! それ! とってもロマンチックじゃないか!」
笑い話ではないんですが。え、私前世で将来約束してたの?
それにしたって同性だし年の差二十オーバーよ?
「君たちがそういう関係であったかどうかはともかくとして、きっと素敵な関係だったと思うよ」
「いまいち前世を信じ切れてはいないですが、険悪でなければいいなとは思います」
「うんうん。きっと今と変わらず二人でベッドを共にするような関係さ」
「待って、その言い方だと私がせいらちゃんに手を出したみたいに聞こえる」
ケタケタと笑うエルナトをじっとりと見下ろせばいい笑顔でサムズアップされた。違う、幼女に手を出す趣味はないです。
まぁ確かに? 後ろのベッドで夢の国に旅立っているせいらちゃんは、嫌いではないよ? 小さい子は大人が守るものだって漠然と考える程度には、手助けがしたいとも思う。求められていることに安心しているのも事実だ。
でもじゃあ私がこの子のために何が出来るのかって話なのよ。力もない、地位もない。お金もなければ、知識も技術もない。
「ともあれ、大切なものはちゃんと守らないといけないよ」
「……そのための力がない場合は?」
エルナトが穏やかに笑った。
「何も心配いらないよ」
静かな声に少しだけもやもやする。何が心配ないんだろう。
よくわからない人だ。
「君もいずれ舞台に上がることになる」
「別に私は」
不意に強い風が吹いた。
目をつぶっていたのは一瞬。にもかかわらず次に目を開けた時にはエルナトの姿はなくて。代わりと言っては何だが、小さな光源を頼りに見知った人影がこちらに向かってきているのが見える。
どこ行ったんだあの人。
「え、えぇー?」
別に私は舞台だとか、何かしらの立場を得たいわけじゃない。そういうのは望んでない。流されるままに、なるようにしかならない暮らしで良かった。変化なんて望んでいなかった。
変わってしまったのなら受け入れるしかないが、新しく何かに巻き込まれるというのは別の話だろう。
溜息一つ溢せば、ちょうどさっきまでエルナトがいたところにまで来たブラキウムさんが声を上げた。
「人の姿を見てため息たぁ随分じゃねぇか」
明かりを仕舞い、小瓶を掲げたブラキウムさんが軽々と木を登る。相変わらずスゴイ身体能力だよなぁ。
いつもの様に瓶ビールと栓抜きを渡して木の幹に座るブラキウムさんに挨拶をして、ついさっき目の前から消えた人物について話す。
「ついさっきまでエルナトが来ていまして」
「あー、アイツか」
一瞬で消えたけどあの人何なんだ。
栓抜きを返せばブラキウムさんは慣れた手つきで瓶ビールを開ける。この反応からして、多分エルナトが神出鬼没なのは常なのかもしれない。
泡の弾ける音を聞きながら一口。こちらのビールは常温でも美味しい。そんなことを考えていたらブラキウムさんが困ったような顔で口を開いた。
「俺が言えた義理じゃねぇが、夜はあんまり窓開けるなよ」
なんで?




