53 平和すぎて眠くなる
目の前にイケメンがいる。しかも金髪碧眼の王子様だ。
かっちりとした質のいい洋服が汚れるのも構わず中庭に座り込んで、目の前にいる幼女と一緒になってシロツメクサの花を摘んでいる。
せいらちゃん、花の冠を作ってもらってにっこにこじゃない。お姫様みたい、なんてご機嫌の幼女ちゃんを見て王子様もにっこにこだ。なんだあの可愛い光景。
今日はいつもの散歩コースでレグルス王子と遭遇したのが始まりだ。
そのまま中庭で一緒になって遊ぶ二人を、私は噴水に腰かけてそれを眺めている。世界のために頑張っている青年と、幼女の束の間の休息。レグルス王子はせいらちゃんと仲良くなりたがっていたし、時々こうして二人でゆっくり出来る時間があってもいいと思うのよ。
レグルス王子は、次の神殿に行く準備を進めてくれているらしい。
他国に赴くということもあって、以前にも増して手続きだとか、神殿へ向かっている間に国の運営が円滑に行われる様に、先んじて方針決めや承認をしておくんだとか。
結局今回行くのはノーモンだけの様だ。同じように連絡を送っていたピアウトスはまだいい返事がない。疫病が流行っているようで国自体があまりいい状態ではないそうだ。
ピアウトスは、何度か話に聞いていたが魔法が暮らしと密接になっている国だそうだ。
生活のすべてに魔法が関わっていて、世界の魔力が枯渇した結果、生活の基盤が崩れて大変な事態になっているらしい。
疫病ってことは衛生面の問題が出てるんだろうか。ファンタジーの世界ならファンタジーな理由であって欲しかったのに、こうも元の世界でもありそうな事例を上げられると気が滅入る。
病気の感染源もわかっていないまま、ピアウトスの王様が魔法で病気に苦しむ人を治して回っているのだとか。治せるのは魔力をたくさん持っている王様一人。それも一日に数人程度。全く治療が追い付いていないし、このままだと王様の方が倒れてしまいそうだ。
アヴィオールとピアウトスは戦争をしていた時期もあるが、それは両国の王様が先代の時の話。魔法石の開放がピアウトスの人々の救いになるのならと、レグルス王子は言っているが、……魔力って抗生物質の代わりにもなるの?
「締りねぇ顔してやんの」
「はは、まぁいいじゃない。いつも頑張ってくれているんだから」
不意にかけられた声に視線を上げれば呆れたような顔でレグルス王子を見るアルヘナ君がいて。
王子様の従者という立場上、彼はレグルス王子が幼女に向ける緩い顔を周囲に晒すことに抵抗があるらしい。
それにしても王子様かぁ。レグルス王子は王子様だし、アヴィオールの王様は……会ったことないな。ご両親の話も聞かないし。
まぁ、色々あるわね。下手に首突っ込まないでおこう。どうせ何も出来ない。いや、愚痴聞きくらいなら出来るけど、話を聞いたところで建設的なアドバイスが出来るほど頭がいいわけでもないし、せいらちゃんみたいな不思議な力があるわけでもない。
「あんたはさ、本気であのちびちゃんが世界を救えると思ってんの?」
「どうだろう。救ってほしいような、そこまでしてほしくないような?」
「どっちだよ」
何か、状況を劇的に変える力があれば、なんて夢想はずっと昔からしてきたけれど、それは結局夢想のままで。
なるようにしかならない。結局のところ流されるままに生きるのが楽なのだ。
そんな自分に嫌気が差す時もあるけれど、期待なんてしたらダメだった時もっと自分が嫌いになるので見ないふりするのが定石だ。いつの間にかすっかり諦めるのが上手くなったな。やらない理由ばかり探している。
「自分は何にも出来ないくせに、小さい子に色々背負ってほしくないなって思ってるだけだよ」
「……」
「変なこと言ったね。忘れていいよ」
エルナトはせいらちゃんを「世界を思う誰かの願いをその身に受けただけのただの人間」だと言った。
たまたま、条件があってしまっただけの、五歳の女の子に何もかもを背負わせていいのだろうか。力があれば何か変わるのか。目の前の光景を守れる何かを、私は手に出来るのだろうか。もし、そんな力があったとして、私は。
「あ!」
不意に幼女ちゃんが大きな声を上げた。
それから笑顔のまま立ち上がって、スカートに付いた草を気にすることもなくこちらへ向かって走り出してくる。
「ななちゃん!」
ぽすん、という音が付きそうな勢いで駆けて来た幼女ちゃんが膝に抱き着いた。
噴水の縁に腰かけた私の膝に乗りかかる形で顔を覗き込み幼女が笑う。
「よつばのクローバーみつけたよ!」
「あらすごいじゃない。花冠も可愛いよ」
「ほんとう? せいらかわいい?」
「うん。とっても」
嬉しそうに花冠を見せびらかす幼女ちゃんが、にこーっと笑顔を輝かせてこちらを見上げる。可愛い子だなぁ。
それからちらりと隣を見上げた後、「もういっこさがしてくる」と言ってレグルス王子のところへと戻っていってしまった。アルヘナ君の分かな?
穏やかな日差しの中で小さな背中を見送り、このまま何もない日々が続けばいいと思いながら口を開く。
「平和でいいね」
残念ながら、難しい顔をしたままのアルヘナ君からは返事がなかった。




