49 知っているけど、もう知らない世界
窓から差し込む暖かな日差しに欠伸を一つ。
そろそろ膝が痺れて来たがお昼寝タイムのせいらちゃんが起きる気配はない。熱を出した時にやって以来、ベッドの上でゴロゴロしながら遊ぶのも好きらしく今日も今日とてお膝の上でぐっすりだ。
最近は今くらいの時間になると毎日幼女にベッドに誘われる。未だかつてこんなに健全なベッドインのお誘いがあっただろうか。最初は寝かせないぜとばかりに抱き着いたり膝の上に座ったりして遊んでいるのに、ふとした拍子にすとんと意識が落ちるのだから小悪魔ちゃんだ。
さっきもシュルマさんに協力してもらって作った「あいうえお表」を眺めながら絵本を読んでいた。読むと言っても「あいうえお表」から絵本の中にある同じ文字を探し出すだけの遊びだったけど。
それにしても最近の知育系絵本って侮れないな。あいうえお表片手に何とか一人で読み進めた絵本には子供の内に習慣づけしておきたいことが描かれている。野菜食べろとか、お風呂入れとか。世の子供たちはこういうのを見て真似して成長するのか。
そんなことを考えていたら、不意にノックが響いた。
「失礼、今いいかな?」
「どうぞー」
レグルス王子だ。
折角時間を作って来てくれたようだが残念ながらせいらちゃんお昼寝中である。帰って来て以来、溜まっていただろうお仕事の合間を縫って来てくれたのに申し訳ない。
「タイミングが悪かったですね」
「最近この時間によくお昼寝をしてまして」
「……少し、聞いてもいいですか?」
レグルス王子はセイラのベッド脇に椅子を寄せて座り、せいらちゃんを起こさないように小声で話し始める。
なんとなく、聞きたいだろう内容に辺りを付けてその先を促す。アルヘナ君とは少し話したけど、きっと彼もディアデムでのことが引っかかっているんだろう。
「ナナさんは、神殿にいた時にはあそこで何が起こったか気が付いていたんですよね?」
多分、彼らは意図して人の生死云々から遠ざけられてきたのだろう。
詳しくは聞いていないし、ゲーム内でも言及されていなかったが、もしかしたらレグルス王子は本来王位を継承する立場になかったのかもしれない。王位に憑く必要が無かったので、そういった国の主産業に関わる重要な情報を教えられてこなかった?
……そういえばレグルス王子以外の王族の方にはお会いしてないなぁ。レグルス王子はまだ王位を継いではないようだが、王様やお后様の存在をメイドさんたちからも聞かない。何かしら特殊な事情があるとか?
「自分はそういう世界があると知っていただけですよ」
「でも私は知らなかった」
「知らなかったら、ずっとそのまま?」
レグルス王子がはじかれたように顔を上げる。
「それはダメだ。知らないままでは、また繰り返してしまう」
「そう思えるならあなたは大丈夫ですよ」
坑道での事故はずっと昔の出来事だ。時間を戻せるわけでもないのだし、悔やむよりも今後そんな事故が起こらないように再発防止の方法を考えるべきである。
私にその知識はないけれど、坑道で発生するガスの検知機器だって、技術が発達すれば発明されるだろうし。技術を発達させるために出来ることを彼は既にやっている。
近いうちにそれにだって気が付いてくれるだろう。
「あなたには一体何が見えているんです?」
「目の前にあるものしか見えてませんよ」
「本当に?」
「ええ。目の前に広がっているものと、持っている情報をすり合わせてあくせくする毎日です」
「ナナさんも悩んだりしますか?」
「それはもちろん」
ぽんぽんと弾む会話にレグルス王子に刻まれていた眉間のシワが少しずつほどけていく。
完全にとはいかなかったものの、悩み顔から困り顔くらいにはなったんじゃないだろうか。
その後は、少しずつレグルス王子がしたいことの話をした。この国を、世界を守りたいと思っている。けれど今はそれに加えて、せいらちゃんも守りたいのだと。
私の膝の上で眠る小さな少女はこの世界のために、力を貸してくれている。彼女に報いるためにも自分がしっかりしなくては。守りたいと願うだけではだめだ。彼女を笑顔にするにはどうしたらいいのか。幼い少女が笑っていられる世界にするには。
そんな、どこか幼げな感情の吐露は次第に熱が入り。ついには幼女の寝顔に向けられていた視線が私とかち合う。
「どうしたらあなたの様にセイラと仲良くなれると思います?」
すごく今更過ぎるけど、多分私この人と仲良くなれる気がする。
「嫌われてはいないし大丈夫ですよ」
「しかし、わたしだけ愛称でも呼ばれないし……」
「ああ。実はせいらちゃん、ここに来てすぐの頃からずっとレグルス王子の名前をちゃんと呼びたくて練習してたんですよ」
「そう、でしたか」
うん、何も心配いらない。
年上のお兄ちゃんや、意地悪をされて警戒している人、お菓子をくれる大人、よく遊んでくれる人といる中で、レグルス王子をかっこいいと言っていたし気にしなくてもいいでしょう。
せいらちゃんにとっては初恋を奪われちゃった相手なのだし、今まで通り接してあげてほしい。
そこからはまた思いつくままにせいらちゃんの話をするレグルス王子に相槌を打つ。
未だに少し遠慮されてはいるが服の裾を握ってくれる様になったとか。名前で呼ばないと返事をしないと怒られてしまったこと。せいらちゃんに質問されるのが嬉しくてつい話過ぎてしまいアルヘナ君に呆れられたり。実は妹という存在に憧れがあっただとか。
なんともまぁ平和なやり取りである。
画面越しに見ていた彼はもっと落ち着いた青年だと思っていたのだけど、本来はもっと明るくのんびりとした人なのかもしれない。
もうとっくに記憶の彼方にあるゲームを思い出して、案外違うところもあるんだなぁと、今更のように考えた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
一部はこれで完結ですが、二部目も引き続き更新していきます。
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