46 笑顔
Side 従者
過ぎてみればたった数日の滞在だった。
ちびちゃんの体調を考慮して移動日前後は必ず一日休みを取る様にしているが、これと言って熱を出したりその辺のガキの様に泣き喚くわけでもなく。レグルスと共に領主たちに別れの挨拶をしている。
馬車に荷物を詰めた後一歩下がって一息付く。俺自身は一足先に挨拶は済ませたし、後はレグルスたちの会話が終わるのを待つだけだ。
視線の先ではレグルスと領主が和やかに話している。ちびちゃんとあの女は夫人といるのか。
正直なところ。あの夫妻には悪いがあまり良い印象の残る滞在じゃなかった。
この街がアヴィオールにとって重要な場所であるのはわかってはいるが、この街に起こった悲劇を受け止めるにはもう少し時間がいる。その悲劇を繰り返さない様に対策を取られているとしても、そういう事故があったこと自体が衝撃的だった。
国の産業というのはもっと安全で、守られているべきものだと思っていた。そういう危険があることを、この世界に来たばかりの女が気付いたのだって今一納得がいかない。
あの女、ナナが気に入らない、というわけではない。何を言ってもはぐらかされているのはわかるが、敵意や害意がないのも事実。ただ何がしたいのかわからない。
同じように異世界から来たちびちゃんのフォローを買って出たとレグルスは言っていた。
実際にちびちゃんはあの女に懐いているし、あの女も世話係としてはそれなりにやっていると思う。ちびちゃんが泣きわめいているのを見た奴がいない辺り、上手く機嫌を取っているようだし。まぁそれはともかくとして、なんだこいつとも思うわけで。
思い出すのは神殿でのやり取り。鉱山の事故について。
あの女の世界にも似たような事故があったのか、知識として知っていたのか。とにかく炭坑にガスが発生するのも、カナリアを使ってガスを回避する方法もあの女は知っていて、取り乱しもせず振舞った。
世界を救うために神殿をめぐっているはずなのに、小さな命を利用して成り立つ国の主産業を見せられた。
その晩あの女と話していたシュルマは「そろそろこういうことがあると知ってもいい年頃でしょう」と言った。
そろそろってなんだ。歴史やら行儀やらを教え込んできた家庭教師はそんなこと言わなかったぞ。知らなかった、教えられなかった。カナリアも、炭坑の悲劇もディアデムでは当たり前なのか。
ほんのりとした嫌悪と、どうにもできないやるせなさが残った。
騎士たちが馬車に荷物を詰め込んでいく横で未だに会話に花を咲かせる一団を眺める。何にも知らないだろうちびちゃんは、相変わらず能天気にあの女に懐いていた。
ふと、こちらに気が付いたのかあの女と目が合う。何を思ったのか、普通に笑い返された。
今まで社交だのなんだので近寄って来た女は皆レグルスの顔や地位ばかり見ている様だったが、あの女はそういうものには興味がないのか不用意にレグルスに近付こうともしなければちびちゃんの話題でしか話してもいない。
溜息を吐きだしてそちらへ向かう。
「アルヘナ君は挨拶とかよかったの?」
「さっきした」
「そっか」
何考えているのかわからない女。視線の先にはレグルスと話すちびちゃんがいる。……明らかにちびちゃんしか見てねぇ。
それもどうなんだよ。もっとアイツのことも見ろ。……いや。別に、見て欲しいわけじゃないが眼中に無いと言われると腹が立つ。いい奴だろアイツは。
「あんたはあいつを世間知らずだと思うか?」
一国の王子なのに、自分の国についても満足に知らないのだと。十八歳は子供だと言っていた女は呆れているのだろうか。
視線がちびちゃんから外れた。けれどそれもほんの一瞬で、すぐに視線をちびちゃんに戻して笑っている。
「レグルス王子は、これから知っていこうと立ち直れる人でしょ?」
こいつに言われるのは腹が立つ。お前がアイツの何を知ってるんだ。
でも、確かにそうなのだ。レグルスは立ち直れる奴なんだ。慰められたのだと気付き視線を上げれば、あの女は腹が立つほど綺麗に笑っていた。
「知らないのが悪なんじゃない、知らなかったと胡坐をかいて改めないのが良くないのよ」
溜息を吐くような、諦めたような声色だった。その癖に笑ったままで。
正直、この女が何を考えているのかはわからないが、その言葉は胸にすとんと落ちた。
「まぁ。知らない方が楽だし、全部を知るのがいいことでもないんだけど」
「はぁ?」
「世の中には、気が付いたら罰ゲーム、っていうのが意外とあるんだよ」
視線の先では挨拶も準備が終わったらしい。ちびちゃんがこちらを向いて手を振っていて、それを微笑ましそうに眺めるレグルスがいる。
随分とご執心の様だ。女が軽く手を振ってそちらへと足を向けた。
罰ゲーム、ねぇ。そんなこと、俺が一番よく知ってる。気付かない方が幸せだった。何も知らなければきっとあいつは何も背負わず、箱庭の中で暮らしていられた。
あいつが、レグルスが望むかどうかは別として。そっちでしか手に入らない幸せもあったはずだ。
あの人さえいなくならなければ、きっとレグルスは今よりもっと笑っていられた。
自分の見えていないものを見ている相手にもやもやするお年頃。




