45 あんまりにも優しく笑うから
Side 第二王子
なんとなくもやもやしたまま部屋にあったソファーに背中を預ける。
昼間のシュルマの様子もおかしかったが、結局答えを貰えないまま。ゆらゆらと体を揺らしていると柔らかいクッションを投げられた。
「人の部屋に来てうだうだすんな」
「仕方ないだろ? シュルマは話す気がないんだから」
昼間の、魔法石の向こうに付いてシュルマは聞かれたくない様だった。
あそこに一体何があるのか。シュルマは秘密主義ではないはずなのだが、何故話したくないのか。あの風の音は、確かに魔法石の後ろにも空間があるような音だった。けれどシュルマは何もないと言っていた。
「アルヘナ?」
「気になるなら聞き行けばいいだろ」
「聞くって誰に」
溜息をついてアルヘナが立ち上がる。
直接聞きに行ってもシュルマは答えてくれない気がするが……。
「あの女……あー、ナナならなんか気付いてんだろ」
アルヘナから見たナナさんはどんな人に見えているんだろう。時々二人で話しているし、昨日だって私の後ろでこそこそとセイラの母親について話していた。
ナナさんは、何かあっても呑み込んでしまえる人なんだろう。
思い出すのはセイラとナナさんがこの世界に来た最初の晩のこと。元の世界に帰れないと知っても、こちらを責めず、自分よりもずっと幼いセイラを支える選択をしてくれた。
「来ねぇなら一人で行くけど」
「行く」
慌てて立ち上がりアルヘナと一緒に部屋の外へ出る。夜の廊下は静かで、城は夜でも誰かしら警備の騎士たちがいたし、新鮮な感じがする。
なんとなく息をひそめてセイラとナナさんの部屋に向かう。控えめにノックをしてみたもののなんの反応もなかった。
「寝ちゃったかな?」
「ガキじゃねぇんだからさすがにまだ起きてるだろ」
「慣れない山登りで疲れていたみたいだし」
ナナさんはあまり体力のない。以前セイラの外遊びに付き合った時もすぐに息切れを起こしていたし。……あの体力のなさは、元の世界でどうやって暮らしていたのか。ナナさんもセイラも外に出すのが心配になる。
そんなことを考えていたら微かに声が聞こえた気がした。
「どうした?」
「声がした気がして」
そちらを見ても何もない。窓から差し込む微かな明かりだけだ。じっと耳を澄ませると、また微かな声がした。
二人で顔を見合わせてそちらへ足を向ける。確かこの先は階段があったな、もしかしたらどこかに行っていたのかもしれない。
階段の窓には三日月が顔を覗かせている。どうやら声の主は階段の下で話しているらしく、物音を経てない様に降りていく。
「あそこには、私たちの罪が眠ってるんです」
シュルマの声だった。
「最初に一人がいなくなりました。そしてその子を探しに行ったもう一人も帰って来なかった」
「それは事故ですよ」
どちらとなくそっと階段の下を覗き込む。
シュルマと背の低い女性がいた。あの後ろ姿は、多分ナナさんだ。
「大人は誰も私たちを責めなかった」
静かなシュルマの声が廊下に響く。
何の話をしているのか、シュルマの罪とは。彼は何をして、何故責められなかったのか。アルヘナの言う通りナナさんは気が付いていた? わからないことだけが目の前に積み上げられていく。
「ほどなくしてあの坑道に魔法石が移されました」
そこでやっと、二人の話が、私たちが知りたがっていたものだったと気が付く。これは魔法石の後ろの話だ。
あそこが坑道であったなら、やはりあの魔法石の後ろには空間があって奥にも道が続いていたのか。ではなぜ道を塞ぐように魔法石を置いたのか。それにさっき言っていた「帰って来なかった」とは。
シュルマとナナさんが穏やかに話を続けている。二人の会話を聞きながら隣を見れば、アルヘナも同じように何かを考え込むような表情をしていた。
「さて。いつまでもそんなところにいたら風邪を引きますよ。レグルス王子、アルヘナも」
突然話を振られて肩が跳ねる。
アルヘナと顔を見合わせてそっと階段を降りればそこには優し気な笑みを湛えた二人がいて。どうやら最初からばれていたらしい。
「シュルマはとにかく、あんたも気付いてたのかよ」
「ずっとシュルマさん階段の方を見てたので」
「それで? 聞きたいことがあるのでしょう?」
無意識なのかは知らないが、当たり前の様にアルヘナはナナさんの隣に行って不満を漏らしているし、彼女もそれを宥めている。
えーと、つまり二人とも聞かせるために話していた? なんだか乗せられたような気がするが、疑問を答えてもらえるのなら、まぁここは不平を述べるのは控えるべきなのか。
「帰って来なかったというのは……」
「当時十一歳だったこの街の子供二人です」
「どうして?」
「……坑道というのはね、ガスが発生しているものなんですよ」
少し言いにくそうにシュルマが口を開いた。なんとなく、胸がざわつく。返って来なかった十一歳の子供たち。ガスが発生。鉱山の事故。坑道の奥にあったらしい空間。
あの坑道は昔、魔法石の採掘のために掘られた。しかし、掘り進めた先で人体に被害を与えるガスが発生し坑道への立ち入りを禁止した。その坑道に、大人の言いつけを破った子供が二人、迷い込んで、帰って来なかった。
「そんなガスが発生する危険があるなら、普段鉱夫たちはどうやってガスを避けているんだ?」
「カナリアだろ」
願うような気持で口にした疑問に、どこか嫌悪した表情でアルヘナが吐き捨てた。あの、よく鳴く鳥か。そうか。あの鳥が鳴き続ける限り、そこにガスは発生していない目安になるのか。
なんだか頭が痛くなってきた。私は自国の主産業のこともよく知らなかったらしい。
「あの場にはセイラがいたので控えましたが、あなたたちもそろそろこういうことがあると知ってもいい年頃でしょう」
シュルマが諭す様に言う。魔法石の奥は入ってはいけない場所だった。そこに蓋をするように魔法石を置いたのは同じような悲劇を繰り返さないためか。
ではあの魔法石の周りに置いてあった花や寄進は、今も回収されないまま坑道の奥にいるだろう子供に向けての物だったのか。
考えたくないような気が、する。
「軽蔑しましたか?」
「……少し、時間が欲しい」
「ええ。あなたはゆっくり大人になってください」
その言葉がなんだか苦しくて、手を握りしめる。そういうものを全部呑み込んでいくのが大人だと言うのなら、私はそんなものになれるのだろうか。
月の光に照らされたシュルマの笑みが、どこか悲しげで。その視線から逃げたくて視線を落とした。
ラスト五話!




