44 月が見ている
魔法石を活性化させた後は特にこれと言って問題もなく、山を下り、昨日と同じようにアークさんのお屋敷で食事をいただいて気が付いたら夜になっていた。
慣れない山登りで疲れていたのか早々にベッドでぐっすりのせいらちゃんを眺めながらぼんやりと眠れない夜を過ごしている。
カナリアの鳴き声がまだ耳に残っている。きっとあの魔法石の後ろには坑道が続いているだろう。シュルマさんたちが隠したものを暴きたいわけではない。けれどどうしても、もやもやとした気持ちが胸の奥でつっかえている。
少し大きなため息を吐き出し、そっとベッドを抜け出す。こうしていてもきっと眠れない。気分転換に少し歩こう。寝静まった屋敷の中を歩き出す。この世界の夜は、街灯も電気もないのに意外と明るい。
目に付いた階段を降りると、こちらに向かってくる明かりに遭遇した。シュルマさんだ。私に気が付いたのか燭台を持ってこっちに歩いて来る。
「こんばんは」
「まだ寝ていなかったんですか」
「眠れないのでお水を貰おうと思いまして」
そう答えたら、呆れたような視線を向けられた。シュルマさんも眠れなかったのか、それともアークさんと積もる話があったのか。一瞬気になりはしたけど、わざわざ聞くことでもないと思い直した。
シュルマさんがじっと私を見る。そしてゆっくりと口を開いた。
「子供って、どこまでのことを言うと思います?」
「子供、ですか?」
突拍子もない質問に意図がわからず首をかしげる。
「子供だと思っていたら意外と物事をよく見ていたり、かと思えば心配になるほど純粋で」
「ああ、なるほど」
話したいのはきっと昼間のことだ。
カナリアについても、坑道の奥にあるものに気が付かなかった二人の青年。片方は世界の行く末を憂い、もう一方はそんな友人が傷付かないようにと願う優しい子たち。
「その純粋さは、あなたが守って来たのでしょう?」
「私がそう出来たのはここ数年ですよ」
窓から差し込む月の光に照らされたシュルマさんが少しだけ視線を上げた。
今しがた降りて来た階段の踊り場には窓があって、ちょうど三日月が昇っていたはずだ。
「あそこには、私たちの罪が眠ってるんです」
遠く、それこそ踊り場の窓を見上げるような視線に息を顰める。
そこから月は見えますか? 月は、その告白を聞いてくれていますか?
「幼い頃、あの辺りをよく遊び場にしていたんですよ。大人には山に入るなと散々言われていたのに」
静かな懺悔は、私が昼間想像していた通りの内容だった。
カナリアを連れていない誰かがその奥に入って、帰って来なかった。その様子を、シュルマさんが見て来た話。無知ゆえに起こってしまった事故と後悔。
「最初に一人がいなくなりました。そしてその子を探しに行ったもう一人も帰って来なかった」
「事故ですよ」
「……それでも。私とアークが、その時いた子供の中で一番年上だったんです」
アークさんをガキ大将だと言っていた。二人で協力して、他の子たちの面倒を見ていたんだろう。だからこそ、今も遠い記憶の出来事に責任を感じている。
彼の目に映っているのは本当に月なのか、あるいは別の星なのか。そしてその星はシュルマさんの懺悔を、聞き届けてくれる存在なのか。
幼い頃の後悔というのは随分と根強く残るもので、きっと今も彼を苦しめている。
「大人は誰も私たちを責めなかった」
子供はいつ大人になるんだろう。その後すぐに、この人は大人になったのかもしれない。
大人がなぜ自分たちを責めなかったのか。大人が坑道に入る時、何故カナリアを連れて行くのか。その理由を知ってしまった時、この街の子供は大人になるんだろう。
「ほどなくしてあの坑道に魔法石が移されました」
坑道をふさぐように魔法石を置いたのは、その奥に人を行かせないため。
苦い記憶を封印するように置かれた世界を支える石をどんな気持ちで見ていたのか。
故郷に帰るのが気まずいと言っていたのは、坑道の奥に残された誰かを置いてこの街を出たことに負い目を感じているのだろうか。
「あなたは気づいていたんでしょう?」
「さすがに大人にならないといけない年ですので」
少しだけ笑って答える。
シュルマさんはきっと、彼の中にある傷が言えていないわけでも、飲み込めていないわけではない。ただその時の痛みを今も抱えているだけ。
「大人として、子供に罪の告白をするのは勇気がいりますね」
「誰だって一緒ですよ。そして叶うなら、子供の苦しみは大人で背負ってあげたいとも」
「ええ、そしてそれが出来ない歯がゆさも知っています」
エゴとか、どうしようもないものとか。そういうものを呑み込んで人は大人になるんだと思う。
そういう経験をしたからこそ、目の前で苦しみに悶える子供に手を差し伸べたいと思うのだ。
「利用するような真似をしてすみません」
「いえいえ。お互い様です」
私にだって彼らに言えていない気持ちがある。それをぶつけるには、彼らは今を生きるのに必死で、私の気持ちを知ったところで彼らにはどうにも出来ない。
おまけに年上として格好も付けたい欲もあるし、大人の負債を子供に支払わせたくないとも思う。まぁ理解されたい気持ちがないわけではないと言うだけ。
シュルマさんが笑った。それからまた視線を上げて、私の背後にいるだろう二人に向けて声をかける。
「さて。いつまでもそんなところにいたら風邪を引きますよ。レグルス王子、アルヘナも」
気まずそうな二人が階段の踊り場から顔を覗かせた。
隠そうとする優しさと、話すことの誠実さの話。




