43 そこには何もないらしい
鉱山にある神殿はアルシャウカトほど豪華ではなく、ミラムの物ほど人の手が入ってはいなかった。その二つと比べると、というだけで管理もされているし、信仰だってある。
洞穴の中に鎮座する巨大な魔法石には簡易的な屋根が設けられていて。少し粗野な感じがするけど、決して忘れ去られているわけではなく。むしろ頻繁に人が参っているのか、お供え物らしき飲食物とお花なんかも置いてある。
多分ここの神殿は鉱夫たちにとって安全祈願の神様の役割を果たしているんだろう。連れて来たカナリアの歌声が途切れることのないように。掘り進めた天上が崩れ落ちないように。いくつもの願いを聞いて来たのかもしれない。
鉱山の街だし、ここに来るまでにいくつも坑道の入り口があった。他の街もそれぞれの信仰を持っているようだったし、ここがそういう場でも何もおかしくはない。
「結構人が来てるんだな」
アルヘナ君がいくつも並ぶお供え物を見て呟く。
鉱夫たちにとってこの辺りは仕事場だ。確かに坑道の入り口からは少し離れているが、仕事の合間に行き来出来ない距離ではないしおかしくはないと思う。
「まぁな、毎日誰かしらが来てるよ」
持っていた花束を魔法石の前に供えアークさんが応える。
神に捧げると言うよりは、墓前に供えているような感じがした。彼らにとっての神様に対して失礼なので口にはしないが、なんだろうな。この感じ。神様、のはずなのにアークさんは仏様に使い扱いをしている気がする。
こっちの世界の宗教観はわからないが、なんとなく雰囲気がそんな感じがした。気がしただけかもしれないけど。
「エリセ、お願いできますか?」
「うん」
「足元気負付けてくださいっす」
シュルマさんに促されてせいらちゃんがルクバト君の手を離す。
細々としたお供え物を避けて通り小さな手のひらが、つるりとした魔法石に触れた。それに反応する様に虹色の光が溢れ、洞穴の中が光に塗り潰される。
魔法石の活性化については正直まだよくわかってない。魔力は目に見えるものではないし、一時的に魔法石が光るだけで手ごたえ的なものもないし。
この神殿でもミラムで見たような龍も出て来ることがなく「おわったよー」とばかりにせいらちゃんが振り返る。
風が吹いた。
突風の様に洞穴の中に入り込んできた風は、狭い通路を抜ける様に低い唸り声を魔法石の後ろから響かせる。
風の音が怖かったのか、慌ててせいらちゃんが転びそうになりながらも私の膝に抱き着いて来た。大丈夫よ、ただの風の音だよ。
「奥、続いているのですか?」
レグルス王子が興味深げに声を上げた。
つられて魔法石を見れば、屋根の上に少し隙間がある。もしかしたら洞穴だと思っていた場所はもう少し奥に続いているのかもしれない。
けれど、それを遮る様に、きっぱりとシュルマさんが言った。
「いいえ。奥には何もありませんよ」
静かに、そして有無を言わせないように。
「でも、風の音が」
「何もないんです」
これ以上何も言われないようにするためか、再び強く言い切ったシュルマさんに嘘が下手な人だと他人事のように感じた。
知らないと、言ってしまえばよかったのに。さっきアークさんも子供の頃にこの位置に魔法石を移動させたのだといっていたじゃないか。全部子供の頃に大人たちがやったのでわからない、自分たちは知らないと言い切ってしまえばよかったのに。
大人たちの妙な空気に戸惑ったのかせいらちゃんが不安そうに見上げた。
「ななちゃん?」
「なんでもないよ。それよりせいらちゃん疲れてない?」
「うーん、ちょっとだけ」
にっこり笑ってごまかす。
シュルマさんが詮索させない、アークさんが何も言わないのならわざわざ私が言う必要はない。さっきとは違い、発言に気を付けつつ話を逸らす。
「なので、そろそろ外に出ませんか?」
「そう言うことでしたら」
まだ納得していない様子の青年二人も、洞穴の外へ出ること自体に異論はないらしく皆を先導する様にせいらちゃんと手を繋いで歩き始めた。
多分。あの魔法石の後ろには坑道が続いている。そして坑道をふさぐように魔法石を置いたのは、その奥に人を行かせないためだ。
それはなぜか。きっと、カナリアの歌が聞こえなくなるからなんだろうなぁ。
元々魔法石があった場所は崩れてしまったと言っていたが、この先もそうであるなら、先と同じ様にさらりと言ってしまえばいい。けれどそうしないのは、カナリアを連れていない誰かがその奥に入って、帰って来なかったからだ。
カナリアを連れて行く理由すら若い世代に教えたくないような人たちだ。この先に、今もいるだろう帰って来れなかった誰かのことも、聞かせたくないのだろう。
そんなに深くもない洞穴の外に出る。少しの間しか中にいなかったのにやたら太陽の光が目に刺さった。
もやもやとした気持ちを無理矢理呑み込んでせいらちゃんの小さな手のひらをしっかりと握りしめる。今までが平和だっただけなのか。炭坑という場所の性質もあるけど、この世界はちゃんと元の世界とは違い生死の近い場所だったんだなぁ。
大きく息を吸って吐き出す。どこか砂っぽい空気に少しだけ気分が落ち込む。そんな私の気持ちなんて知らないカナリアは、元気よく鳴いていた。
隠したのはきっと、後悔とか、罪悪感とか、そういうもの。
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