42 黄色い鳥は気ままに歌う
昔からこうだったわけじゃない。確かにどちらかと言えば学生時代も目立つ方ではなく仲の良い友人と教室の片隅で大人しくしている方だったが、それでもここまでじゃない。
ぐっと喉の奥へ唾を呑み込んで顔を上げる。ある程度の舗装はされているものの、目の前にあるのは坂道ばかりで乾いた笑いが出た。
私こんなに体力なかったっけ?
悲しいほど、今日も幼女は元気だった。
その結果。予定通り神殿のある鉱山へとアークさんの案内で分け入ったのだが、思っていた以上にしっかりとした山道で、早々に私とシュルマさんが息切れを起こしている。人のこと言えないのはわかっているんだけど、シュルマさんこの街の出身じゃないの?
ぐるぐると余計なことを考えながら無理矢理息を整える私を他所に、アークさんが抱えたかごの中の鳥がピィピィとご機嫌に鳴いた。
「大丈夫っすか?」
「何とか」
心配そうにするルクバト君に答えつつ、困った様に笑う騎士さんに手を貸してもらいながらなんとか立ち上がる。ごめんね、護衛のお仕事以外のことをさせて。
日常的に運動してこなかったツケだな。いや、そういう時間も取れなかったわけだけど。もし元の世界に帰れたとしても登山だけは趣味にしないと固く誓いながら近寄って来たせいらちゃんの小さな頭をとりあえず撫でる。
「ななちゃんしんどい?」
「ちょっとね。今日はルクバト君と手を繋いでくれる?」
「はーい」
素直ないい子。今日はちょっと体力おばけな幼児に付いて行けないのでルクバト君に任せた。すまんね。
もう一度深呼吸をし直したところでシュルマさんと目が合う。随分と顔色が悪いが、きっと私も同じぐらいグロッキーになっているんだろう。
「お疲れ様です」
「結構、きついですね」
「おら、立てシュルマ。さすがに昔みたいに抱えてはやんねぇぞ」
「うるさい」
昔は抱えられてたのか。というか昔から体力なかったのね。
アークさんの様子を見るに神殿まではまだまだありそうでちょっと心が折れかけている。荷物を運搬するために足元が舗装されているのが唯一の救いだ。慣れない山道になれない靴。うん、靴擦れが痛い。
ちょっとでも気を紛らわそうと辺りを見回すも、はげ山なので何も楽しくない。いや、見晴らしはいいよ? 遮るものがないので街が一望出来るんだが、山も街も全体的に茶色くてな。
「そういえばその花って何なんすか?」
「ああ、ちょっと供えようと思ってな」
思い出したようにルクバト君が聞けば、アークさんは片手にまとめて持った鳥かごと花束を持ち上げてもらった。
魔法石に? まぁ、観光名所にしたり水車くっつけて魔力復活させようとしたりするところもあるんだからまだ、常識の範疇か。それより鳥が花突いてるけど大丈夫?
「とりさんないてるね」
「おう、元気に歌ってるだろ?」
ご機嫌に歌う鳥を見て幼女が笑った。
いや、いいんだけど。いいんだけど、なんだかなぁ。炭鉱のカナリアって本当にあるんだ。炭鉱夫にとっては大事な命綱なのはわかる。ただ外から来た私にとってはなんとも言えない気分になる。
「炭鉱夫はカナリアを相棒にすると聞いたが、どうしてカナリアなんだ?」
「炭鉱内は入り組んでいるんで、よく鳴くカナリアがいるとお互いにどこにいるか確認出来るんですよ」
レグルス王子の問いに曖昧に笑って誤魔化したアークさんに安心する。精神的に大人びているとは言え、せいらちゃんに内容を話すのは憚れるので、アークさんが上手く誤魔化してくれてるのは有り難い。
別に人道とか倫理の話をするつもりはないが、小さい命を利用していることを、まだ綺麗な青少年たちに進んで聞かせたいとは思わないしね。
……カナリアを連れて行くのなら、神殿は炭坑の中にあるんだろうか。
「神殿って炭坑の中にあるんですか?」
「昔はそうだったんだが、俺らがガキの頃崩れちまってな。今は掘り起こしたから炭坑内には入らないよ」
「だったらなんでカナリアを連れてくんだ?」
「習慣みたいなものですよ」
私に続いて疑問を口にしたアルヘナ君にシュルマさんが応える。
なんかごめん。ちょっと藪蛇だったかもしれない。
シュルマさんに寄って小声で謝れば、気にしないようにと返された。大人だなぁ。
せいらちゃんはもちろん、二人はレグルス王子やアルヘナ君に対しても気を使っている。
レグルス王子やアルヘナ君が炭鉱のカナリアに付いて知らなかったのはちょっと意外だった。まぁ知らないなら知らないままでいい。いずれわかることだったとしても、それを知るのは今じゃなくてもいい。
この街で育った二人も、そういう何かを犠牲にする方法をわざわざ外から来た若い世代の耳に入れたくなかったのかもしれない。
なんにせよ。この話題を切り上げるには、さっさと神殿までたどり着いて鉱山を降りてしまえばいい。そうすればかごの中の黄色い鳥の意味を、その命を利用しながら知ることはない。
本日何度目かのため息を吐いて膝に力を入れる。変わり映えの無い茶色い坑道までの道のりはまだ続く。
それでも、一刻でも早く目的を達成して鉱山を降りるために足りない気合を入れ直した。
わざわざ知って嫌な思いをするくらいなら、知らなくてもいいと思う。




