38 男二人、馬車旅にて
Side 第二王子
ガタリと馬車が揺れた。いつもよりゆっくりと進む馬車の景色を眺めつつため息を吐く。
どうしてこうなったのか。本来の予定なら前回同様移動中はセイラと共に馬車に乗りもう少し友好を深めようと思っていたのだが。目の前に座っているのは腕を組んで目を閉じる幼馴染だけで。本当に、どうしてこうなった。
可笑しくないか?
前回の旅でそれなりに話す間柄になれたし、何ならセイラと、星の神子様を名前で呼ぶ許可も頂いた。三週間かけて少しずつだが仲良くなれたと思っていたのだが、当のセイラは私には向けない笑顔でナナさんとシュルマの手を引いて行ってしまった。可笑しくないか?
馬車に乗る途中、申し訳なさそうに振り返ったナナさんの視線についいたたまれなくなった。次はもう少し大きい馬車を用意するか。
……名前で、呼んでほしいと願われる程度には仲良くなれたと思っていたのだが。
思い出すのは、彼女が熱を出した日のこと。夢見が悪かったのか、熱で寂しくなったのか。寝起きのかすれた声で、泣きながら名前を呼んでほしいと言われた。大きな瞳が溶け落ちそうなくらいぼろぼろと涙を溢して、名前を呼ばないなら返事をしないとまで言われてしまった。
幼子にそうまでさせないと、セイラと元の世界の繋がりをないがしろにしていたことに気が付かなかった自分に、苛立ちを覚える。そうしてやっと、改めて自分が幼い少女から奪ってしまったものの大きさに思い至ったんだ。
子供に付いて両親は世界だ。両親に与えられるものが全てで、それを失っては何をどうしたらいいのかもわからなくなってしまう。
私にとって兄がそうだったように、セイラにとっての両親を、世界を奪ってしまった。
あれくらいの年の子供はどれくらいの頻度で泣くものなのだろう。私が幼い頃は、もうあまり覚えていない。ただ、一人でいるとどこからともなく現れた兄がそっと寄り添ってくれたのだけは覚えている。
一か月。この世界に来てからのセイラは、悩むような仕草はすれど、不満を漏らさず不安気な表情もしなかった。ナナさんの前では違う表情を見せていたのかもしれないが、それでも表立って感情に振り撒かなかった。
気丈な少女だと思う。その幼い体にどれだけの思いを抱えているんだろう。私はセイラに何をしてやれるだろうか。私が、彼女のために取るべき行動は。
「そんなにあのちびちゃんが気になるわけ?」
不意に真正面からかけられた声に瞬きをする。
向かいには相変わらず腕を組んだまま呆れた顔をしたアルヘナがいる。顔に出ていただろうか。しかし、自分ばかりが誰かに気を取られていると幼馴染に捉えられるのはいささか面白くはない。
「君だって最近ナナさんと仲がいいみたいじゃないか」
「んなんじゃねぇ」
「今まで私以外にそんな態度取らなかったくせに?」
一瞬でむすりとした表情になったアルヘナに思わず笑いが漏れる。
あまり褒められた態度ではないが、ナナさんもアルヘナを上手くいなしてくれている。年上の女性ならではの余裕だろうか。
あの人は包容力があるというか、直面した事態を飲み込む能力が高いというか。とにかく、素直じゃない幼馴染が素直な感情を出せる相手がいるのは有り難いので今後も親交を深めて行ってほしい。もちろんナナさんが嫌でなければだが。
そういうことが出来る人だからこそ、セイラを優しく包み込んでくれているのだろう。
その上で、だ。ナナさんや年が近いイクリールはともかくどうしてシュルマの方が懐かれているのか。自分よりも接触回数は少ないはずなのに。ちゃんと話をする時間を取れていなかったのもあるが、それでも私はあそこまでの笑顔向けられたことないんだが?
あの笑顔を、こちらに向けてもらうためには。
「……王位をきちんと継承しようと思うんだ」
「は? あー、そう。わかった。あの人はどうするんだ?」
「探すよ。きっと話せばわかってくれる」
どこにいるのかもわからない兄を探すのはきっと骨が折れるだろう。それでも、あの人を見付けないと王位を継げない。亡くなってはないと、思いたい。
兄はきっと、私が五歳の少女の未来を守るために王位を継ぐのだと言えば手を叩いて笑うだろう。笑って、そして、背中を押してくれるだろう。あの人はそういう人だ。
国も世界も、彼女が隠している不安に比べたらなんてことない。
ナナさんがセイラの不安に唯一寄り添える存在だと言うのなら、私はナナさんごとセイラの望むものを守ろう。そのためにも力が必要だ。そう簡単には揺るがない立場と、目的を押し通せるだけの力が。
私欲のために王位を継ぐなんてとんでもないことだとは思う。だが、セイラが居なければ世界は緩やかに衰退していく。世界を救う乙女のために、彼女の心の平和を守るための力だとすれば言い訳も立つだろう。
相変わらずアルヘナは呆れたような目を私に向けている。そう呆れた顔をしていたって、なんだかんだと文句を言いながら私に付いてきてくれると知っているからな。
そんなことを考えながら窓の外に流れていく景色を楽しむ。いつもよりゆっくりと進む馬車がまたかたりと揺れた。
幼女が先生に何故なに攻撃をしている裏の彼ら。




