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35/127

35 対象年齢が上がった気がする


 こちらの世界に来てからというもの、非常に、早寝早起きが板についてきた気がする。

 昼間しっかり遊んですっかり夢の中の住人になったせいらちゃんにシーツをかけ直し伸びをする。

 すっかり健康体になった気がするが、人間衣食住が満たされていると不健康に傾きたくなるものだ。つい夜更かしがしたくなる。とはいえ娯楽になる物もなく、ベッドの上でぼんやりと窓の外で瞬く星を眺めるくらいしかないのだが。

 シュルマさんに文字、教えて貰うかぁ。文字がわかれば本も読めるし暇を持て余すこともなくなるだろう。


 がさりと窓の向こうで何かが動く。窓の傍に聳え立つ木が揺れて、見知った人が顔を出した。

 いつかと同じようなそれが何だかおかしくてベッドを降りて窓枠に手をかける。


「よ、元気か?」

「ええ、こんばんは。ブラキウムさん」


 外はもう真っ暗なのに、よく明かりもなくするすると木を登れたなぁ。しかもこの間と同じくビールの小瓶を二本持ったまま。やっぱり騎士団長ともなるとこれくらい朝飯前なのかな。

 持っていた小瓶の内一本と栓抜きを渡されて、特にこれといった説明もされないままなんとなく乾杯してお疲れ様会を開催する。


「大変だったみたいだな」

「自分でせいらちゃんの面倒を見ると言っておきながら申し訳ないです」

「子供なんて簡単に体調を崩すもんだろ」


 そうは言っても引き受けたからには全うするのが社会人の務めと言いますか。今のところ、私のアイデンティティがそれくらいしかないので、そこくらいは頑張りたいような、荷が重いような?

 とにかく、せいらちゃんが熱を出したのは事実だし、預かっておきながら守れないのは保護者として失格な気もしてくる。

 せいらちゃんのケアやフォローをするためにここに置いてもらってるようなものだしね。契約不履行で怒られるんじゃないかと。ここの人優しいからそんなこと表立って言わないけど。


「気負い過ぎるなよ。それより、ルクバトはどうだったか」

「いい子でした。せいらちゃんともよく遊んでくれて。あ、いつか騎士団長になるのだと張り切ってましたよ」

「おお。当分隠居してやる気はねぇからまだ先だな」


 ちびちびと温いビールを飲みながらブラキウムさんがそう言って笑う。

 意地悪言うなぁ。まぁルクバト君も今すぐに騎士団長になりたいわけじゃないだろうし、ブラキウムさんを慕っているので隠居してほしいわけでもないだろうけどさ。


「神殿を巡って思ったんですけど、聞いていたよりもずっと平和なんですねぇ」


 一口、ビールを喉奥へ押し込みながらそんなことを口走る。

 こちらに来て直ぐの頃に、割と大げさに世界の危機だと、魔力が枯渇していてこのままでは生活が立ち行かなくなると言われたけれど、神殿をめぐる際に見て回ったいくつかの町では特別人が慌てることもなく穏やかに暮らしていたようにも思う。

 もしかして、元の世界でも言われていたあと何年で石油が取れなくなるとか、終末時計がどうのとかと同じあれなのだろうか。とりあえず学生時代に習った、住処を酸性雨で追われた可哀そうなお猿さんたちがその後どうなったのかだけ教えてほしい。


「うちは魔法石が取れるおかげで他国よりは土地に魔力に満ちているんだよ」

「ああ、鉄鋼業と並ぶ主産業でしたっけ」

「おう。だから魔法に頼り切っていた国は生活が立ち行かず、飢饉と疫病が流行っている。五年、十年後は我が身だと内乱を起こしているところや、住処を追われた魔物が人里に降りて来た事例もあるな」


 ちゃんと被害出てた。そういう意味ではアヴィオールに召喚されてよかったのか? 他の国だったらこうものんびり状況を把握する暇もなかっただろうし。

 今のところこの国が一番平和なのかもしれない。逆に言えば平和だからこそ、自国だけじゃなく世界も救おうって考える余裕があったとか。……まぁ、考えたところで私は役に立たないんですが。


「というか、魔物とかいるんですね」

「数は減ったがな」

「へぇ、魔力が減った影響ですか?」

「いや。そっちは戦争でだな」

「おっとぉ?」


 それ生態系が可笑しくなりそうな減り方してない? やっぱ戦争は良くないってわかんだね。人は愚か、人は愚か。アルコールで気が大きくなってる私も愚か、と。

 ファンタジー世界に人間の側のエゴとかやらかしがかかわってくると、対象年齢が上がる気がするのなんでだろうね。


「実感がねぇのは仕方がねぇことだが、他人事みてぇに捉えるんだな」


 そう言われましても。

 実際せいらちゃんみたいな力もないし、ゲームをしていたのもずっと前なので記憶チートなどということも出来ない。まじで私何でここにいるんだ。


「それで守れるものがあるならいいが、過ぎたるは孤独を生むぞ」

「そうやってやり過ごす方法しか知らないので」

「そうかい」


 じっとこちらを見るブラキウムさんの視線がどうにも「子供だなぁ」と言っているようで、逃げる様に小瓶の中のビールを一気に煽る。

 確かにブラキウムさんよりは年下だが、自分はとっくに成人もしているしお酒の飲み方だって知っている。それでも埋め足りないのは経験の差か。その余裕ってどこで売ってます? 近所のスーパーには売り切れてたんですよね。

 アルコールが通った後の喉の奥は、何だかひりつくように熱かった。


つまらない事情なんて全部お酒で飲み込んでしまえ。



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