30 甘く柔く温かく
シュルマさんが呼んでくれたお医者さん曰く、せいらちゃんの発熱は旅の疲れが出たのだろうとのことだった。
まぁそれもそうか。むしろ旅をしていた三週間の間熱を出さなかった方が、運が良かったのだ。一応旅の途中でせいらちゃんが体調を崩した場合はすぐに病院に駆け込めるようにはしていたが、やはりお城の方が対応が早い。
処方された解熱剤を飲んだ後はずっと膝の上にいて、枕にしたり上に座ったり。一緒に本を読んだり、以前シュルマさんに貰った飴をわけあったりと気の済むようにさせている。
お熱でふわふわしているが愚図りもせず、ご機嫌で抱き付いてくる辺りしんどいのよりも甘えたい気持ちの方が勝っているようだ。
やわっこい髪をサラサラと撫でてやればむずがる様にすり寄ってくる。やっぱり普段から甘えたかったのかな。
「ジュースのみたい」
「ん、ちょっと待ってね」
メイドさんにお願いして持って来てもらったレモネードに手を伸ばす。
少し遠いサイドテーブルにはガラス製のピッチャーとコップが二つ。その片方にレモンの香りと蜂蜜の甘さが残る黄色い液体を注ぎ、溢さないように支えながらコップを傾けてやれば、飲みやすいのかすごい勢いで飲み干していく。
そんなレモネードとは対照的に、持って来てもらった氷嚢は余り気に入らなかったらしい。時折思い出したかの様に手にするも、すぐに端に除けられて放置されてしまう。
喉も潤ってすっきりしたのかせいらちゃんがご機嫌で揺れている。ご機嫌なのはいいんだが、あまり膝の上で揺れられますと明日辺りに私の太ももが死ぬんですよ。
そんなこと考えていると、こんこんと控えめなノックの後にシュルマさんが部屋へと入って来た。合間を縫って様子を見に来てくれたんだろう。
「セイラ、寝なくていいのですか?」
「ねむくない」
「そうですか。まぁ、薬を飲んだのならすぐに良くなりますよ」
「うん!」
私の膝の上で、せいらちゃんがパタパタと足を動かしてご満悦である。嬉しいのは伝わるけど、それ、地味に膝にも来るんで止めてほしい。
シュルマさんがせいらちゃんの前髪を避けてやりながらこちらを見た。
「あなたはどうですか? 発熱や、体のだるさは?」
「特にないので大丈夫ですよ、風邪引いたことないんで」
「だとしても一応気を付けておきなさい」
呆れたような視線に気まずくなるも、心配してくれているのがよくわかる。
少しきつめの言葉尻ではあるけれど基本的に面倒みのいい人なんだよなぁ。
「慣れない環境で子供の命を預かっているんですから、休める時は大手を振って休みなさい」
心配されるのは少しそわそわする。嬉しいんだけど、私もういい大人なのでそこまで気にかけてもらわずとも体調管理は気を付けてるのよ。結局反応に困って曖昧な笑みを向ければ眉間にしわを寄せてため息を吐かれてしまった。
せいらちゃんのことを報告したところ、レグルス王子も執務の合間に様子を見に来てくれるらしい。ありがたいが大丈夫かな。しばらくお城を離れてたわけだし溜まってる仕事もあるんじゃない?
様子を見に来ただけでまだ仕事があると言うシュルマさんも相変わらず忙しそうで。なんだか申し訳ない気持ちになる。これからはもう少しせいらちゃんの体調の変化にも気を付けよ。
「体調の変化があったらすぐに報告するように」
釘をさすように言い含めてシュルマさんが部屋を出て行く。
その背中にゆるゆると手を振っていたせいらちゃんは薬が効いて来たのかおねむのようだ。体温が高い。
いつもの様に走り回る体力はないようだが、とはいえ愚図ることもなく。ただただくっ付きたがって、膝から下ろされるのを嫌がる。
仕方がないので膝に乗っているせいらちゃんを抱え込んだままゆっくり後ろへと倒れ込んだ。
小さく軋みはしたもののふかふかのベッドは大人と子供二人分ぐらいは軽く支えてくれて。少し沈む感覚が楽しかったのか、胸の上でせいらちゃんが少し笑った。
「まだねないよ?」
「うん、起きてていいよ。次はなんの話をしようかね」
「うーんとね。おともだちのはなし」
「お、いいね。せいらちゃんはお友達いっぱいいる?」
「いるよー。みあちゃんとね、ひまりちゃんとねー」
うおー、私の時にはいなかった名前のラインナップだ。ダメとか言わないけど眩しさを感じる。……せいらちゃんは五歳で私が二十六だから、早ければ私と同世代か、少し上の世代のネーミングセンスか。
まぁオタク時代の歴女友人もとあるお姫様にあやかって五六八と書いていろはという名前にしたいと言っていたし、ある意味順当か? 兼好法師も若い子が妙な名付け方すると苦言を呈していたし昔から変わらない国民性なのかも。
いつになるかはわからないが機会があるならせめてぶつ切りの読みはやめ、万人が読める読みにしよう。
ぐだぐだ考えながら話している内にせいらちゃんは一足先に夢の国に旅立って、次いで私も。いつもよりもほかほかの幼女の体温に当てられて意識を手放すのだ。
まぁ、おかげ様でお昼も寝過ごしたんだけどね。




