29 ぬくもりに手を伸ばして
お城に帰って来た。実に三週間ぶりである。
有難いことに町に泊まると毎回せいらちゃんとセットで一部屋貰っていたが、やっぱりお城のベッドが一番ふかふかだ。
いや、宿屋のベッドがどうという問題ではなくお城のベッドがすごいと言うだけの話で。
かなりゆっくりの旅だったし、多くの騎士さんたちが付いてきてくれたおかげでなんの心配もなく神殿二つを周って来たつもりだったんですが。
それでも慣れない馬車旅で知らず知らずの内に疲れがたまっていたのか、帰って来た日はふかふかのベッドでぐっすりだった。何ならちょっと寝過ごした。
いつもよりゆっくり目の朝を迎え久しぶりのメイドさんたちによるお着替えをした時から少し違和感はあった。
何がどう、というと難しいのだが。ざっくりいうならすっかりお馴染みになったはずのせいらちゃんによる可愛いの強奪がなかった。
ふわふわのスカートの裾を翻し、お姫様のポーズをとったのちに目が合った人皆に「可愛い?」と聞いて回らなかった。
まぁ子供のブームなんて数日で終わることが常なので、そういうものかと流したのが前兆だった。
少し遅めの朝食を終えて久しぶりに会うお城の人たちに軽い挨拶をしながら部屋への道のりを歩く。
そういう気風の国なのか、せいらちゃんと共にいきなり現れた私にも皆気さくに話しかけてくれて。つい立ち止まって二、三話して別れると言うのを繰り返したのもよくなかったのかもしれない。
「ななちゃんだっこ」
だから何人目かの顔見知りと別れ、シュルマさんと話をしている時にせいらちゃんが突然そんなことを言い出したのには二人して目を丸くした。
出来る限りぐっと腕を上げてアピールするせいらちゃんの脇を抱えて抱き上げる。
「今日は随分甘えたですね」
「せいらいない」
「いないんですか」
そこで気付けたのは僥倖なのか、それとも遅いくらいなのか。正直私は子供を育てたことがないのでよくわからない。
ぐりぐりと肩口に顔を押し付けるせいらちゃんの首筋に手首を当てる。熱い。これはお眠の体温とはまた別の熱さだ。
「シュルマさん、まずいかもです」
「医者を呼びましょう」
「一先ず部屋で寝かせます」
ありがとう察しのいいお兄さん。助かります。
慌ててシュルマさんと別れ、可能な限り抱えたせいらちゃんを揺らさない様に早足で部屋に戻る。途中ですれ違った顔見知りのメイドさんには氷嚢を頼んでおいた。
いやでもそうか。確かに様子がおかしかった。
「ごめんねせいらちゃん。しんどかったね」
早々に部屋に戻り、食事の間にベッドメイクしてくれたらしい綺麗なシーツを捲る。
症状は熱だけだろうか。食欲はなかったようだが、それでも少しは食べていた。大人なら深刻に考えず一先ず寝ればいいのだが、子供の病状というものはよくわからない。私は子供の頃から病院いらずの風邪知らずだったので、どれだけしんどいかも想像できない。
「ベッド着いたよ。今日はゆっくり寝て過ごそうね」
「やだ」
嫌かぁ。
ベッドに寝かせようと体を離そうにも小さい体で必死に抱き付いて離してくれない。そうは言ってもこのままの体制はせいらちゃんもしんどいと思うのだが。
相変わらず肩口に顔を押し付けたままのせいらちゃんの後頭部を軽く支え上体を起こす。離れたくないと言うのなら仕方ない。そのままベッドの縁に腰を落としいつもよりも体温の高い幼女を膝に座らせる。
「せいらちゃん、痛いところある? 頭とか、お腹とか。後はのどとか」
「……」
「ないかぁ。じゃあお熱だけかな」
無言で頭を振るせいらちゃんの背中をぽんぽんと叩きながら落ち着かせる。詳しいことはシュルマさんがお医者さんを呼んでくれているし後々わかるだろう。
まぁ、ここまで我儘を言うでもなく頑張って来たのだからしんどい時ぐらい思いっきり愚図りなさいな。私はそのためにいるわけなんですから。
「もうすぐお医者さんが来てしんどいの治してくれるよ」
「やだ。おいしゃさんきらい」
ご機嫌斜めな幼女に苦笑しながらいつもよりひそめた声で話しかける。
「そっかぁ。お医者さん嫌いかぁ」
「まま、たすけてくれなかったからきらい」
あぁ、そうか。そうなのか。子供特有の、注射や、薬の話が出ると思っていたから、思わず言葉に詰まってしまった。
この子はどこまでわかっているんだろう。幼さを振りまきつつも、泣きわめいて周りを困らせないのも。寝言でしか母親を求められないのも。こちらの世界に来る前にこの子は失っていて、そしてこの子はそれを正しく理解していたからなのか。
「ななちゃんはいなくならない?」
医者か、父親か。そのどちらかが、母親に二度と会えない事実を正しく、丁寧に教えたんだろう。それを受け止めて、いい子でいる様に振舞った。
熱に浮かされなければ、吐き出せなかった幼子の願いを聞いて、小さく息を吐く。そして。
「うん。約束するよ」
私はこの子の母親ではないし、彼女の母親でもない。けれど。
今はせいらちゃんの保護者として彼女の望むものを。熱に浮かされている時ぐらい泣いてわめいて困らせてくれればいい。母性だとかそういうものはこれっぽっちもわからないけど、子供は泣くのが仕事だと心得ている。
せいらちゃんの体を支えたままゆっくりベッドの上に転がり込む。
「よし。じゃあお医者さんが帰ったら今日は私とベッドの上で遊ぼう。本を読んだり、お歌うたったりしよう」
「いいの?」
「いいよ。メイドさんにお願いしてこっそりベッドの上でジュースも飲んじゃおう」
そこまで言い切ってやっと幼女の顔に笑顔が戻る。
だから、今日は。せいらちゃんが疲れて眠るまでその小さな体を抱きしめていよう。
この子の笑顔のためなら、明日辺りにやってくる幼女を抱きかかえ続けたことによる筋肉痛も怖くないさ。
幼女先輩だって、甘えたくなる日もある。




