23 信仰は自由だが、自由にもほどがある
街道沿いにのろのろと馬車で進み辿り着いた町は、随分と穏やかで、世界の危機なんて嘘みたいにゆったりとした時間が流れている。
このミラムという町は川沿いに発展した町で、小さいながらも多くの職人を輩出してきたらしい。生活にはもちろん、鉄を扱うにも水は大切だもんなぁ。
そして何より神殿も川沿いにある。ますますこの国の龍神様が水神としての側面を持っている気がしてきた。
ぞろぞろと騎士を伴った集団は目立つのだが、アルシャウカトの時と違うのは通り過ぎる人の多くが、「長旅ご苦労様」とか「ゆっくりしていってね」とか。田舎の親戚みたいな対応をしてくる。
平和な町なんだろうなぁ。これも魔法石の恩恵がしっかりと行き届いているためなのか。とにかく気風の穏やかな人が多い。
町の小さな宿屋に身を寄せ、まずは休憩。と言っても私たちは馬車に乗っていただけだし、騎士さんたちを休ませてあげたい。と言っても、宿屋が小さいので騎士さんたち全員が入れるわけでもなく、交代で何人かは外で野宿になるようだ。私たちだけ宿に泊めて貰って申し訳ない。
簡単な荷ほどきをした辺りで、宿の女将さんに話を聞くというレグルス王子たちになんとなく付いて行く。
「神殿? 今壊れてますよ?」
世間話の体で始めたものの、宿の女将から帰って来た答えが理解出来ず、レグルス王子とアルヘナ君が顔を見合わせた。
「壊れてる、とは? まさか魔法石に何か?」
「あぁいえ、中は綺麗なもんですよ。ただ周りに付いてる水車がね」
「水車が付いてるんですか? 神殿に?」
お散歩だと思ったのにすぐに外に出ないことにしびれを切らしたせいらちゃんが私の手を握ったまま腕を振っている。
お暇モード入っちゃったか。もうちょっと待ってね。
「そうなんですよ。町の職人たちがね、魔法石の魔力が足りてないなら何とかして魔力を補充出来ないかって色々付け足してるんですよ」
これが国営でない弊害か。神殿の運営を自治体に任せた結果、外壁を魔改造されてしまったらしい。ただそれが悪意や商業目的ではなく、純然たる善意なのがなんとも言い難いところ。やりたいこともやった理由もよくわかるけど、どうしてなったんだ。
町の人は魔力の枯渇の話を聞き、このままじゃいけないと思って行動しているのだが、神殿が魔改造してるとは思わないだろう。私もゲームで知っていなきゃ混乱してたよ。だってどう見ても水車小屋なんだもん。
「水車に付いてはルイス爺さんが詳しいんで聞いてみるといいですよ」
「ありがとう、ご婦人」
「いえいえ。何もないところだけどゆっくりしていってくださいね」
やっと宿を出るのを察したせいらちゃんが女将さんに手を振る。調子いいなぁ。
ルイス爺さんはこの町の職人の一人であり、神殿に付いている水車を設計した人なんだとか。今は町の男の人たちと壊れてしまった水車の修復に奮闘しているのだとか。
レグルス王子を筆頭にアルヘナ君、イクリール君、ルクバト君となんとなくお馴染みになりつつある一団で川へと向かう。
がやがやと、川に近づくにつれて作業をする人達の声がする。
こちらに気が付きつつも「観光かー?」なんて声を投げかけてくる人たちの穏やかなこと。
「なんじゃ、若いのがおるの。丁度水車が直ったところだから見て行きなさい」
気のいいお爺さんが、ほれほれと手招きして水車小屋にしか見えない神殿の近くまで案内してくれる。
あれを見てレグルス王子はどう思ったのかと盗み見ると、案の定複雑そうな顔をしていた。まぁそうなる。
「わぁ、まわってるねぇ」
「そうじゃろそうじゃろ? あれな、わしが作ったんじゃよ」
そんな中でも幼女は無邪気だ。にこにことお爺さんと二人笑っているし、お爺さんは周りの男の人たちに「俺たちも手伝っただろ」なんて暖かな野次を投げられている。
作った、ということはそうか。この人がルイス爺さんか。いや、名前は知ってるんだよ。ゲームにも出ていた。立ち絵がなかったのですぐにはわからなかった。
「失礼、あなたがルイスさんで間違いないですか?」
「うむ、いかにも」
「私はアヴィオール第一王子、レグルス・ヴィルヘルム・テンペル。魔法石の再活性化のために旅をしています」
「そうでしたか、そうでしたか。遠いところ、ご足労感謝します」
恭しく頭を下げたお爺さんに事情を話し始めたレグルス王子を尻目にせいらちゃんは水の流れが気になるのか川縁にしゃがみ込んで手のひらを水に浸している。
傍には付いているけど川に落ちないようにだけ気を付けてね。タオル、持ってくればよかったなぁ。
「水綺麗っすねぇ」
「うん! キラキラしてる!」
「落ちないようにだけしましょうね」
「だいじょうぶ!」
元気だなぁ。イクリール君とルクバト君がせいらちゃんに構ってくれているおかげでかなり休めている。ありがとう。正直せいらちゃんのフォローメインでお手伝いするとは言ったけど、五歳児の体力舐めてた。
川の水に触れたり、地面に生えた野花を摘んだりと自由だ。いや、急に走りだしたりしない辺り自重はしているのか?
「みんな、なにしてるの?」
「水車直してたんだって」
「すいしゃ? なあに?」
「あのおっきい丸いの。水の力を使ってエネルギーを溜める機械だよ」
「すごいねぇ」
「本当だね」
一通り気になるもので遊んで、ようやく周りにいる人に意識が向いたのか辺りを見回してせいらちゃんが呟いた。なぜなに期はいいんだが、なんの説明もなく私の膝の上に座ってどうしたのよ? もしかして疲れた?
しばらくそうしてのんびりさせてもらっていると、話が終わったのかさっきのお爺さんが近寄って来た。
「なぁ嬢ちゃん、本当にあんたがあの魔法石を直せるのかい?」
「うん。せいらがさわると、ぴかぴかするの。そしたらね、あったかくなるの」
そんな感じなんだ。電化製品でも使ってると熱を持つし、あんな感じなのかな。
「俺たちはなぁ、あれがないと困るんだよ」
「こまるの?」
「ああ。あれはこの町の守り神みたいなもんなんだ」
「わかった」
私には関係ない。私に出来るのは生活面のフォローだけ。
そんなことを思ってたのに、不意に小さな手のひらに引かれる。
「おまもり、なくなったらかなしいもんね」
簡単に振り払えるくらいの力で伴われたまま、川から上がった男衆の間を抜けて巨大な魔法石に近付いていく。
こんなに近くで魔法石を見たのは初めてだが、本当に大きいな。この子はこれをいつも見上げているのか。
せいらちゃんが片手で私の手を握り、もう片方の手を伸ばす。小さな手が巨大な魔法石に触れて、三度目の光が世界に溢れ出した。
眩しくて逸らしたくなる目を必死にこらえていると、その虹色の光の向こうで何かが動いた。




