21 罪悪感
Side 従者
昨日、あの神殿で向けられていた視線を俺は知っている。
こっちの事情なんかお構いなしに探りを入れて、あわよくば利用してやろうと言う目だ。それが、今は俺やレグルスじゃなくあのちびちゃんに向けられていた。
相手はガキだぞ、なんて理屈はああいう手合いには関係ない。食えるものは骨まで食って、出がらしは簡単に捨てていく。そういう奴らだ。
自分に向けられているわけじゃなくとも気の良い話じゃない。
何度もそういう視線に晒されて来た。今だって、完全にその視線が無くなったわけじゃない。妾の子だからと、その従者であるからと奇異の目にさらされてきた。
子供の頃はあの人が、レグルスの兄が守ってくれた。あの人はそういうのを撥ねつける力のある人だった。
でもあの人はある日突然いなくなった。
どこかで生きているのか、死んだのかもわからない。わかっているのは、あの人が乗った馬車が土砂崩れに遭い、壊れた馬車と、いくつかの荷物が城に持ち帰られただけ。
あの人が死んだとは思えないが、もう五年も返って来ないところを見るに俺たちはあの人に置いて行かれたのかもしれない。
確かにあの人がいなくなって、自分たちで身を守っていかないといけなくなった。
貴族の奴らに食い物にされないように、押し潰されない様に。身を守るためには、成したいことのためには力が必要だと知った。
その力を掴むために、レグルスは星の神子を召喚した。
相談はされていた。古い文献の中にだけ登場する星の神子を妄信して召喚しようとしたわけじゃない。
レグルスが世界を救いたかったのは本当だ。でも星の神子を召喚し、世界を救うことで自分の立場を確かなものにしたかったのもまた事実。唯一の王族の即位を認めない連中を無理にでも認めさせて、あの人の愛した国を守りたかった。借り物の夢を叶えたかった。
だというのに。いざ星の神子を召喚したと思ったら、現れたのはたった五歳のガキだった。
ちびちゃんを民衆の目から守るように前に立ったレグルスは、あの人の背中を負っている。あの人がしてくれたように、なんて考えているのかもしれない。
俺だってあの人に憧れた。いつかあの人が語った誰もが手を取り合い笑いあえる世界なんて、子供染みた夢を本気で信じた。
だからこそ、魔法石に触れるちびちゃんの背中を眺めたレグルスの呟きが耳に残る。
「あの子を守るには、あの子が笑っていられる世界を作るには──」
多分、これからレグルスはどんどん借り物の夢を自分の夢にしていく。
神殿で世界の、国の危機を語ったレグルスの言葉はまだ、あの人の夢の続きだったかもしれない。でもその先にあのちびちゃんが加わって、求めるものも変わっていくだろう。別に悪いことじゃない。俺は従者だ。レグルスが望むなら付き従うだけ。
ただ、いつか俺たちの夢のために巻き込んだあのちびちゃんに向き合わないといけない日が来るだけだ。
ため息を吐いて伸びをする。
今日明日はこの街でちびちゃんの体調を見るらしい。俺には関係のないことなので宿屋のベッドでだらだらと余暇を過ごしていたわけだが何とも気が重い。
やめだやめ、どっかで飯でも食ってこよ。
立ち上がって扉を開けたところでついさっきまで頭を悩ませていたガキと女がいる。
女の方が、また馬車移動が続くのなら今の内にちびちゃんを外遊びさせたいと言っていたはずだ。騎士を連れて出て行ったと思ったら一時間もしないうちに帰って来たのか?
「公園行ってたんじゃねぇの?」
「こうえん、いっぱいだった」
「何が?」
「皆、星の神子が珍しいみたいで。あ、外に出るなら気を付けた方がいいよ」
護衛の騎士もいるし追い立てられるまではしなかっただろうが、囲まれるくらいはしたようだ。この様子じゃ碌に走り回れもしなかったんだろうな。
くだんね。結局どいつもこいつも世界について大して考えてなくて、直近の危機すら他人事かよ。その癖おもちゃに出来そうな何もわからねぇガキを囲んで食い物にしようってか?
我がごとながら反吐が出るな。
星の神子による魔法石の活性化を、観客を集め大衆娯楽として消費しようと言い出したこの街の商会の奴らと、世界を救うためと言いながら連れまわしている俺たちの何が違う?
身を守る術を持たない子供に縋るしかない現状も、それを食い物にしようとする奴らとなにも変わらない自分も嫌になる。
例えばもっと、ちびちゃんが我儘ばかりの可愛げのねぇガキだったなら。どういうわけか一緒に現れたらしい女がよくあるヒステリックな女だったなら、こんな気分にならなくて済んだ。
何もかもわかっていると言いたげな顔で、文句の一つも溢さずにいる姿に無性に腹が立つ。取り乱して、当たり散らしてくれればこちらだって上手く罪悪感と向き合えた。でも目の前にいる五歳児はそれすら許してくれない。
「あっくん、レグルスくんのところいこ?」
足元までやって来て服の裾を引き誘導しようとするガキも。それを振り払えもしない自分も。
本当にくだらない。
何もかもが気に入らない青年と、外から来た奴ら。




