103 海に願いを
日が傾きかけるまで砂まみれになりながら潮干狩りをしたものの、結局「見つけると望みの叶う貝」とやらは見つからなかったらしい。
それでも皆で砂浜で遊べて大満足したのか、とてもいい笑顔でジャラジャラと戦利品を抱えてせいらちゃんは帰って来た。
「それでね、ほうせきもあったんだよ!」
見つけたシーグラスを大事にポケットにしまい込んで嬉しそうに話すせいらちゃんは、にこにこしているものの、正直そろそろ体力の限界が来ないか心配である。
何ならせいらちゃん同様、はしゃいでいたイクリール君は早々に船を漕いでいたので騎士さんたちにお願いして一足先に今日の宿へと向かってもらったからね。
まぁイクリール君十一歳だし、そんなもんよ。ただでさえお兄さんにいいところを見せるんだって張り切っていたのもある上、仲の良い友達と海で遊ぶなんて立場上そう出来ないからついはしゃぎ過ぎたんだろう。どことなく、レグルス王子も疲れた顔をしている。
少し遠くなった波の音と幼女の弾む声をBGMに、昼間より波の引いた砂地を歩く。やれ可愛い形の貝が見つかったとか、ヤドカリやカニに会ったとか。
少し日に焼けた肌で楽しかったと笑うせいらちゃんに、微笑ましい気持ちになる。私は早々にリタイヤしたが、楽しめたようで何より。
特に宝石といって、わざわざハンカチに包んで仕舞ったシーグラスは大変お気に入りになった様で、しきりにポケットの上から撫でている。
そんなせいらちゃんが転ばない様に気にかけつつ、潮が引いて出来た道を歩いて神殿のあるという洞窟へと向かう。
「足元気を付けてくださいね」
レグルス王子の注意を聞いて、未だご機嫌のせいらちゃんと手を繋ぐ。濡れた岩場は滑りやすいからね。
じっとりとした空気と磯の匂いの籠る洞窟は薄暗いが、騎士さんたちが用意してくれていた明かりを点ければ、少し先で何かに光が反射した。魔法石、かな? 思ったよりも奥に続いてないのかもしれない。
「洞窟っつーか、洞穴だな」
アルヘナ君の呟きが籠った空気の中で反響する。そんな洞窟改め、洞穴の中にポツンと安置された魔法石は、管理はされているものの、余り人が立ち入らないのかしばらく人の入った気配はない。
まぁ、潮が満ちている間は道が無いんだからそれもそうか。所々フジツボが付いたり色の変わった木製の神殿は、海水で腐食しかけており長い間ここに鎮座していることを物語っている。
かさかさと足元で蟹が慌てて岩陰に逃げ込むのを感じながら、せいらちゃんに声をかけた。
「向こうまで一緒に行く?」
「だいじょーぶ!」
そう言って手を離して魔法石の元まで歩き出したせいらちゃんは、途中の段差で躓きこそしなかったものの、手を付いて登っており。あーあー、後で手を拭かないと。
ポケットの中にハンカチがあるのを確認しながら、小さな手がいつもの様に魔法石に触れて光が当たりに溢れるのを見届けた。
結論から言おう。目に見えた変化は何もなかった。眩い光も一瞬のことで、再び地面に手を付きながらこちらに戻って来るせいらちゃんを捕まえて手のひらをハンカチで拭う。
てっきり、「見つけると望みの叶う貝」を贈った海神様とやらが、この魔法石に住んでいるのだとばかり。
まぁリオサールさんも、もういなくなってしまった神々もいると言っていたしな。ミラムの水神様同様、街の守り神として今もいてくれているんじゃないかと思ったんだが。
海神様の贈り物。虹色に光るという願いを叶える貝。
多分、これってあれだよなぁ。夜光貝とかの内面が真珠みたいな色合いになってるやつの、外郭が磨かれた物なんじゃなかろうか。波で海底を転がされ、それなりの時間をかけて外郭が磨かれた結果、中の真珠みたいな光沢を持つ層が現れたってだけ。
もしくは、本当に珍しい貝がオパール化したやつ。でもこれは何万年もかけて地中で変化していったものだし海岸にはなさそうだし、やっぱり磨かれた夜光貝だと思う。
せいらちゃんも砂浜でシーグラスを見付けていたし、案外そういう物が磨かれやすい地形や海流が近くにあるんじゃなかろうか。
「あのね、またみんなでこれますようにって、おねがいしちゃった」
内緒だよと言いながら、照れ臭そうにせいらちゃんが笑った。
それは、なんというか。
「ないしょだよ?」
「うん。きっと叶うよ」
せいらちゃん自身が件の貝に願いたかったことなのだろうか。
何かに願うことや神頼みなんて、ごく身近にあることがらだけど、予期せずこの世界に呼び出され、親元を引き離されたこの子が「皆で」と願うのはちょっとわけが違う。
普段口には出さないものの、やっぱりこの子なりに抱え込んでいる思いがあるんだろう。賢い子だから、「家族に会いたい」と言えば困らせるだけだと知っているんだ。
私自身もそこまで信心深いわけではなく、都合のいい時しか信じていない。精々初詣と、受験や就活の時に拝んだくらいのもので、ご利益なんて実感した覚えもない。
だからこの子の願いを叶えるのはきっと、神様なんかじゃなくて。私たちだ。




