102 いつか
Side 従者
「だる」
無駄に元気な太陽と、無駄に元気な奴らを尻目に、立ち上がり背筋を伸ばす。そこまで気温が高いわけではないが、上からの日差しと、砂浜の照り返しでくらくらする。
イクリールとレグルスに押し切られて始めた貝探しは、恐らくちびちゃんが満足するか、日が傾くまでは続くだろう。マジでだるいわ。
辺りを見れば俺らと同じ様に貝を探している連中もいて、何がどうして貝を探すのに楽しそうに出来るのか意味が分からない。
イクリールは「見つけたら望みが叶う」だとか言っていたが、そんなものどうせよくある言い伝えに過ぎず、ちびちゃんはともかく、本気にしている奴なんかいないだろ。
そもそも、海神だの贈り物だの。そういうものだと言われれば仕方がないのかもしれないが、いささか飛躍しすぎだろ。
リオサール様は、魔法石は神の住処だと言っていたが、今まで見て来た暫定神様とやらにはあまりいい思い出は無い。
ミラムにいた水神は、話は出来そうだが、街の住人以外眼中に無いようだった。トゥレイスの遺跡にいたフェアリーは、あれはダメだ。あれは人間の常識は通じない。
ワディラムのやつは……そもそも姿も見てないから何とも言えねぇが、先に会ったやつらの反応が今一すぎて全面的に信用する気にはなれない。そんな奴らが人間に向けて贈り物を。……碌なもんじゃねぇだろ、絶対。
潮風で少しべとつく肌を擦れば、所々に砂を付けては、なんでもない貝に目を輝かせるちびちゃんがいた。
それにつられてなのか、レグルスとイクリールもガキみたいに笑って件の貝を探すために砂に濡れている。呑気な奴ら。
「おや、君はもう探さないのかい?」
「そも、真偽のわからねぇもん探したって無駄だろ」
声をかけて来たエルナトに返し、ため息を吐く。
視線の先には衣服に砂が付くのも構わず、砂を浚っているレグルスたち。少し離れたところにルクバトや他の騎士たちもいる。
かれこれ一時間は砂浜で海風に晒されている。さすがにくたびれた。
「うーん。探すのはともかく、物自体は君も興味があると思ったんだけどな」
馬鹿らしい。真偽のわからない、言い伝えに過ぎない架空の物に何を叶えさせるって言うんだ。
叶えたいと思ったって、それを望まない者もいる。いつか見た夢を、完全に自分の夢にしたレグルスが眩しかった。あの夢を、いつか自分も、自分の願いの形に出来る日が来るんだろうか。
「くだんね」
不思議そうにしながらも笑うエルナトに短く返し背を向ける。
ふと視線の向いた先にいた女の方へ自然と足を向けた。あの女、ナナは日差しとしゃがみ続ける体勢に疲れてリタイア済みだ。
日陰に座り込んでぱたぱたと手のひらで自分を仰ぐナナの隣に腰を下ろせば「お疲れー」なんて気の抜けるような声をかけられた。ここにも呑気な奴がいた様だ。
「よくやるぜ」
真偽のわからない、見つかるかも不明の貝を探して何になるんだ。掃き捨てる様に言えば、ナナが少しだけ笑う。
「なんだよ」
「いいえ? 多分ね、今この砂浜にいる人たち皆、本当に貝を見付けたいわけじゃないと思うよ」
見慣れた顔ぶれ以外にもいる砂浜の人間を眺めつつナナが口を開く。
その横顔は、微かに疲れが見えたものの、そこに不快さは見えない。むしろずっと柔らかい。薄っすらと笑いながらちびちゃんを見つめるナナを眺める。以前よりも表情が明るくなったが、それでもちびちゃんを見つめる視線は変わらず優しい。
血縁なんてものはないはずだが、こちらに来てからずっと面倒を見ていたし、ちびちゃんにとっては第二の母親のようなものなのかもしれない。
「『願いを叶える貝』が見つからなくても、ああして楽しく過ごしたことは残る」
「は?」
「思い出だよ。皆で潮干狩りに夢中になったことは、きっとせいらちゃんにとっても楽しかった思い出になる」
思い出、な。俺たちがいつか見た夢も、そういうものになるんだろうか。
そういうもののために、アイツらは砂まみれになってなんて、それこそバカみてぇ。……バカみてぇだが、こうして並んだ街路の木陰で、呑気な奴らを眺めているのも悪くないと思ってしまっている。
先ほどまでもやもやとしていたはずが、いつの間にか浮ついた気分になっていることに妙にそわそわする。
「たまにはこういう息抜きみたいな時間が合ってもいいじゃないか」だとか、「ここまで駆け足で来たのだから」などと言うナナを横目に息を吐いた。
こいつにも、思い出とやらがあるんだろうか。あいつ等みたいにガキみたいに笑ったような、俺が後生大事に抱えている夢のような。そんな思い出が。
俺の抱えた夢は、もう二度と叶わない。それでいいとは思っている。俺が大事にしたかったのは、夢の内容じゃなくて、レグルスとリオサール様と一緒にいたあの時間だったから。
あの時の俺と同じような時間を、ちびちゃんも今、過ごしているんだろうか。ずっと続くんだと、なんの根拠もなく信じていたあの時間を。じゃあ、こいつは?
隣で静かに微笑んでいるこの女は。いつか振り返った時、この時間を思い出だと言うのだろうか?




