104 夜に思いを
日はすっかり落ちた。
神殿で魔法石の活性化を終えた後、何故自分を起こさなかったのかとイクリール君に怒られる一幕もあったものの、おおむね問題も無く一日が終わった。何なら祭りの露店を皆で見に行く余裕もあったくらいだ。
とは言え、散々遊んで色々見て回った後の幼女は、ベッドの中でぐっすりなわけだが。
昼間拾ったシーグラスを大事そうに抱えて眠るせいらちゃんは、果たしてどんな夢を見ているのやら。眠る直前までとろりと溶けそうなおめめで、シーグラスを見付けた時のことを話していたし、よっぽど見つけた時嬉しかったんだろうな。
他にもいくつか綺麗な貝を拾って来ていて、サイドチェストの上に並べられている。自分だけの宝物を見付けたみたいでなにより。
肩を出したせいらちゃんにシーツをかけ直してやり、ランプを付ける。
中央にある魔法石が輝き出したのを確認してから、手元のゼンマイを回す。明かりは、手元を照らす程度になるよう調節した。
なんというか、向こうの世界にも同じような機能のランプはあったけど、エネルギー源が違うだけで、こうもファンタジーな道具になるものだなぁ。
ベッドから少し離れた位置にあるテーブルの上にランプを置く。
取り出したるは、なんの変哲もないハンカチ一枚と、刺繍針。
ここでポイントなのは、例の妖精に押し付けられた銀の針ではなく、お城でメイドさんたちにお願いして用意してもらった、ただの刺繍針を使うことだ。またわけのわからない加護とか付いたら面倒そうだし。
ケースから一本の針を取り出して、これまた用意してもらった水色の刺繍糸を通す。くるりと慣れた手つきで糸の片側を結べば準備完了。
さて、どうするかな。刺繍枠持って来てないけど、出来ないわけじゃないし適当でいいか。気に入らなかったら帰ってまた作り直せばいいし。
自己完結して、ぺらりと広げたハンカチの四隅の方に一つ、貝殻の刺繍を入れていく。糸、水色にしたけど、ピンクでもよかったな。あとで縁取りにピンク入れよう。せいらちゃんピンク好きだし。
そうしてさくさくと布に針を通していると、遠くからまだ眠らない祭りの喧騒と、波の音が微かに聞こえてくる。やっぱいいな、こういう無心になれる時間って。
別に無理をしているわけでもないし、騒がしいのが嫌いってわけでもないけど。一人暮らしが長かった分、こういう時間が懐かしい感じがする。
最後の一針を刺して息を吐く。水色とピンクの貝殻の出来上がり。
簡単なパターンだし、手元だけの明かりでやったにしてはまあまあな出来栄えなのではないでしょうか。
後はこれを、と。考えたところで窓の外で何かが動いた気がした。
何? 針が行方不明にならない様にハンカチに軽く刺して立ち上がる。
誰かいるのなら、外にいるだろう騎士さんに声をかけるかと、窓辺へ近付けば、ガラス越しに気まずそうな顔をしたアルヘナ君と目が合った。
「何、してるの?」
「あー、……よう」
「ええ、こんばんは」
せいらちゃんのこともあって私は先に宿に戻ったが、アルヘナ君はレグルスたちと祭りを楽しんでいたはずだ。
窓を開ければまだ祭りの喧騒も聞こえている。十分お祭りを楽しんだ後なのかな。
「アンタこそ何してんの、明かりも付けずに」
「せいらちゃんが拾ってきた貝殻の入れ物を作ろうと思って」
「ふーん」
ほら、小さい子ってお気に入りを持ち歩きたがるじゃない?
本当は瓶の方が丈夫だしいいんだろうけど、持ち歩くなら布の方がかさばらない。
後はあのハンカチを半分に折って、二辺を縫えば簡易ポーチの完成だ。子供服のポケットにも収まるくらいの大きさになるし、丁度いいだろう。
「ん」
「うん?」
差し出された握りこぶしにわけもわからず手を差し出せば、ころりと何かを手のひらに落とされた。
小指の爪ほどの大きさの、薄桃色をした貝殻のチャームが一つ。
「ちびちゃんも何かしら見つけたのに、アンタだけなんもなしじゃダメだろ」
それは、昼間の話だろうか。確かに昼間、貝殻探しに精を出すせいらちゃんを眺めながら、今日のことがせいらちゃんの楽しかった思い出になればいいと話した。そしてせいらちゃんは思い出の品としていくつかの貝殻とシーグラスを見付けて、今も大事に抱えて眠っている。
チャームと、突っぱねるような物言いをするアルヘナ君を見比べて、自然と口角が緩むのを感じる。
多分、桜貝だ。加工されたそれは表面がつるりとしていて、月の光を反射している。
「ありがとう」
「おう」
照れ臭そうにするアルヘナ君にお礼を言う。
こういう贈り物は久しぶりだなぁ。そういえばせいらちゃんを連れて帰る途中でこういった工芸品を扱っている露店を見た気がする。わざわざ買ってくれたのか。
なんとなく弾むよう心地で月明りにチャームを翳せばアルヘナ君から「気に入ったのか」なんて声がかかる。
「うん、大事にするね」
まだ、遠くの方で祭りの楽しそうな喧騒が聞こえる。それから、寄せては返す波の音も。
全部遠くからの音しかなくて、どこか取り残されたような寂しさがある夜なのに、なんだかとても、心が温かい。




