66話 狂想曲+編入
可憐が春紀たちと別れた翌日、可憐はなるべく平然を装いながら登校した。冬の風が可憐の頬を撫でる。
優美の死体を焼却する件で昨日の授業が自習になったのは恐らく猛の仕業だろうと考える可憐。正直、可憐には優美の死体を確認した後の記憶が曖昧だった。
恐らく、悪魔たちと一悶着あったであろうと思うが、猛に突き飛ばされたあと気絶してしまい、その後は優美を失った喪失感のほうが勝ってしまった。故に癒しの大天使ラファエルに身体を一時的に乗っ取られていた。その後は春紀が現れルキフグスという上級悪魔が近くにいることを知った程度だった。
本当は学校は休んで母の近くに居たかった。しかし、それは光や猛たちと離れることになる。そうすると自分の身が危険だと判断した可憐は悪魔たちに絶望して動けない状態ではないのと光たちに守られるために登校したのだ。手袋をつけていても伝わる寒さは可憐の頭を冷やした。
「おはよう」
教室に入り空いている机に鞄を置く可憐。その瞬間、可憐の周りの空間がサファイアブルーの魔力で覆われているのが本能的に分かった。クラスメートは特に変わりなく可憐に朝の挨拶をする。
「大変だったね。一週間の海外研修から帰ってきたら優美があんなになってたなんて、知った時はものすごく悲しんだよね」
クラスメートの女子が可憐に話しかける。ものすごく悲しんだと言いつつも、彼女らはあくまでもリアリストであるので親友を失った喪失感に同情しているだけだった。天国できっと見守っているなどといった慰めの言葉は彼女のボキャブラリーの中に無かったのだ。
「そうね。確かに突然の出来事だったから悲しかったわ。でも、死は全人類平等に訪れるものだから、今更嘆いたって何も変わらないし、何もおかしくない。昨日はごめんなさい。取り乱してしまって」
首をゆっくり横に振り、あくまでもAランクらしい思考で話す可憐。海外研修の件は恐らく猛の魔力のおかげだろう。その方が国にも自分にも都合が良い。
「そうだね。優美は死んだ。彼女はこれ以上なにも生み出さないから私たちが心を動かす必要性はないよね。さ、今日も授業に集中して、目指せ! Sランク昇格!」
両手を伸びをするように上げてクラスメートの女子はそのまま去っていった。優美の死はこれで終わりなのだ。これ以上は何も生み出さないので生きている人間が悲しむ必要性はない。自分の為に国に命を捧げる。これがこの国の考え方だった。
改めてこの腐った思考を目の当たりにすると、可憐はスカートの裾をぎゅっと握りしめた。スカートには微かにシワが残った。スカートのシワが目立たないようゆっくりと着席し、教科書を取り出す。数分後、光と猛が教室にやってきた。久しぶりにみた光明光としての彼は大天使ガブリエルよりも幼く見えた。
クラスメートと朝の挨拶を交わした光たちはそのまま自然体で可憐の隣の机と椅子を確保し座った。
「おはよう。可憐」
相変わらずの胡散臭い声。しかし、その声は可憐を安心させた。
「おはよう。光。一色君」
第三者から聞いたら何一つ変わっていない声色と関係性。しかし、可憐の首元で輝く十字架が二人の進展を見守っていた。
「昨日はあれからよく眠れたかい?」
当たり障りのない会話をする光。表情は相変わらず張り付いた笑みを浮かべていた。
「さぁ。私にも色々あったから。ところで、弘孝たちはどうなったのかしら。あれから会えてないから心配だわ」
可憐の口から出る彼女の事を愛している少年の名前。その一言で光は光明光として嫉妬の感情が芽生えていた。
彼女を正式に独占する為に早く契約をしたい。そうしたら弘孝はウリエルとして己の感情を殺さないといけない。光にとって都合の良いことばかりだった。そのような考えが光の中を過ぎる。
すると、彼のブレスレットを失った右手から微かに魔力が零れた。それに気付いた猛がそっと光の手首を掴む。触れられた感触で光は我を取り戻し、拳を作り魔力が流れるのを防いだ。手をそっと離す猛。
「弘孝君なら心配要らないよ。彼もぼくたちの傍にいて欲しいからね。猛君に少し細工をしてもらったよ」
笑みを浮かべる光。それは可憐の質問に答えるのに数秒悩んでしまったことを誤魔化すためだった。
「細工……?」
首を傾げる可憐。次の瞬間、教師と一人の少年が教室に入ってきた。
教師の姿を生徒は確認すると各々の席に着いた。
「えー。昨日は沖田の件もあり授業を中止したが、今日からはいつも通り授業をする。それと、二つ、こちらから伝えなければならない事がある」
まずは一つと付け足し、教師は電子黒板に椋川弘孝と書いた。
「Aランク資格者だったが、一身上の都合によって海外にいた椋川弘孝だ。無事に帰国したので、今日からはAランクの生徒として扱う」
教師と共に教室に来た少年。それは椋川弘孝だった。長い黒髪は高い位置で結び、馬のしっぽのように美しくなびく。Eランクの時とは髪型と服装が違うせいか、今まで以上に男らしくなっていた。
「はじめまして。椋川弘孝です。両親の都合で海外で過ごしてました。本日からAランクの人間として、恥じぬように勉学に励みたいと思います。よろしくお願いいたします」
軽く一礼する弘孝。彼の男らしさと華奢な身体と美しい長髪が男女問わず虜にした。かっこいいや女なら惚れてたなど黄色い歓声が教室を包んだ。
可憐も例外ではなく、弘孝の姿に微かに頬を赤くしていた。そんな可憐を見て光は奥歯を噛み締め感情を押し殺した。その後魔力を使い、教師をじっと見た。しかし、そこには猛のサファイアブルーの魔力は無かった。
「あれは、猛君の仕業じゃなくて、国の方針って事だね」
小声で可憐に話しかける光。光に話しかけられたことで弘孝に見とれていた可憐は我に返り、振り向いた。
「そうなの。さすがにEランクの人間が同じ教室にいるって知ったら全員発狂してしまうでしょうね。でも、弘孝には勉学はもちろん、音楽の才能もあるから早めに国民にしたいのでしょうね」
そう言えば、どうして弘孝はEランクにいたのかしら。そう付け足そうとしたが、無意識に可憐は口を閉じた。Eランクにいた時に聞こうとしたが、悪魔との件でそれ所ではなかった。弘孝のような才能のある人間がEランクに降格するという事は余程の罪を弘孝は犯したのであろう。そう思うとなかなか聞き出せなかったのだ。
「随分腐った根性しているな。この国は」
猛が二人の会話に入る。少し離れた席に着いている彼だが、魔力を使い直接二人の脳内に話しかけていた。
「こうやって話しかけてくるなんて珍しいね。猛君。これは脳内の考え全てが相手に筒抜けになるからあまり使いたくないんじゃないの?」
光が猛に同じ要領で自分の意思を伝えた。しかし、それは光の考えている煩悩によりほとんど聞き取れなかった。
可憐可愛い。好き。愛してる。弘孝君を見ないでよ。
こんな言葉がノイズとなって猛に頭に直接響いた。幸い、可憐は完全な契約者では無かったので光の魔力を受信することは無かった。
「もういい」
今度は魔力ではなく、口で伝えた猛。しかし、光には届かなかった。ゆっくりとため息をついて呆れた態度を光に見せる猛。
光は笑いながら首を傾げたが猛は見向きもせずに弘孝に視線を送った。黄色い歓声を浴びる弘孝は視界に入るクラスメートに軽く微笑みかけた。それにより、女子から更にキャーキャーと悲鳴があがった。
「次の連絡だ」
教師の言葉にざわついていた教室が一気に静まり返った。その隙に弘孝は空いている席に着いた。そこは猛の斜め後ろだった。
「七部海の事だが……。残念ながら親の都合で急遽海外へ引っ越すことになったそうだ。既に日本から出国したらしく別れの挨拶が出来なかったのは非常に残念だが、彼女の分も国へ尽くせるように」
授業を開始すると付け加え、教師は淡々と授業を始めた。七海の件についてはクラスメートのほとんどが口にしなかった。猛が斜め後ろの弘孝に視線を送る。
「流石の第四地獄地獄長でも、大天使四人が相手だと分が悪いか」
猛の言葉に教師にバレないように頷く弘孝。
「当たり前だ。今の僕が本来のウリエルの力の半分しか出せなくても、それでもサタンの二倍はあるはず。それにやつも多少ダメージを負っているはずだ。コキュートスに避難するのが至極当然な考えだろう」
声量を落として会話をする二人。時折、弘孝の両隣の生徒が自分の連絡先をメモした紙をそっと弘孝の机の上に置いた。弘孝はそれを拾うと口パクでありがとうと言い、メモをポケットにしまった。
「それはお前が純血ならの話だろ。混血のお前ならただでさえ、純血の契約者の二倍の魔力を持っている。しかし、サタンと戦えるのか、その血は」
猛の言葉に弘孝は微かに俯いた。束ねていた長髪がゆっくりと肩を撫でた。
「分からない。サタンはコキュートスの全てを支配するボスだ。どれだけ力をつけても悪魔の血は絶対服従させるだろう。しかし、僕はそんな弱音は吐けない。可憐をサタンから守る……。ウリエルとして……」
最後のウリエルとしての部分は苦虫を噛み潰したような表情で語る弘孝。猛は敢えてそこには気付いてないふりをした。
「そこ、椋川。早速だがこの部分を解いてみろ。帰国子女といっても、歴史くらいなら簡単だろう」
注意散漫していた弘孝を指摘するかのように電子黒板の前に弘孝を立たせるように誘導する教師。弘孝は立ち上がり、電子黒板に歴史の穴埋め問題の解答をした。数秒後、電子黒板から弘孝の解答の上から丸が付けられた。
「すみません。久しぶりの日本語だったので、一色君に少し聞いていました。一色君、巻き込んでしまってすまなかった」
先程の会話を誤魔化すために先手を打つ弘孝。前半は教師に向けて、最後は猛に向かって少し困ったように眉を下げながら微笑んだ。そんな弘孝を見た教師は一度深呼吸し、赤くなった頬を少しでも元に戻そうと弘孝から目を逸らした。猛は一切動揺しなかった。
「……。それなら仕方ないな……。答えも合っているし問題ない。戻れ」
この光景を見ていた他のクラスメートもまた弘孝に見とれていた。長髪を揺らしながら席に着く弘孝。
「おじ様は僕の得意分野だ」
冗談と得意気が混ざった笑みを浮かべる弘孝。いたずらっ子のようなその笑みは猛もつられて微笑んだ。また後で話そうと小声で付け足し、それ以降は二人の会話は授業が終了するまで一切なかった。




