65話 狂想曲+蝿(2)
深呼吸をしながら死体を口にするバエル。時折唾液がバエルの口元から零れ床を濡らした。あまりにも不快な味と風味により何度も吐き気を催すが、それを皐月とルキフグスに悟られないように更に死体を口にし、飲み込む事によりそれを誤魔化した。
「お前、わざと遅れて来たでしょー。これくらいの罰で済むんだから、オレって優しー。そもそも第一地獄のオレたちと、第七地獄のバエルがグループを組むなんて本来ならありえない話だしー。ただ、オレはお前のあらゆる動物に変装できる能力を買ってるのと、人間の扱い方に共感が出来るからこうやって、可愛がってあげてるんだからー」
死体を貪るバエルを横目にルキフグスの目の前にしゃがみこむ皐月。今まで口を閉じていたルキフグスはゆっくりと顔を上げ視線を合わせた。幼い顔立ちの皐月の顔がルキフグスの瞳に映る。
「自分直属の部下がこんなことされてるのに君は、顔色一つ変えないでいるよねー。少しはオレを恨んだりしないのー?」
皐月の問にルキフグスはゆっくりと口角を上げた。
「いいえ。全く。ボクたち悪魔はそれぞれの地獄がそのまま地位となり覆せない忠誠を誓っています。故にベルゼブブ様の仰ることは何一つ、間違ってはございません。同じ第一地獄といえどボクはその中で最も弱い第三下層。貴方に逆らう理由がございません」
死体を貪るバエルを横目に皐月をじっと見つめるルキフグス。すると、皐月はゆっくりとルキフグスの顎を指で触れ、そのまま自分の唇をルキフグスの唇に重ねた。
抵抗しないルキフグス。そのまま皐月はルキフグスの唇をゆっくりと舐め、口を開けさせ、歯列を舐める。その後、ルキフグスの舌と自分の舌を絡ませた。皐月がさっきまで飲んでいた甘味の風味がルキフグスに伝わる。唾液が二人の重なった唇の隙間から零れる。皐月の闇と毒でできた衣服がゆっくりと音を立てた。
数分後、皐月はゆっくりと唇を離した。
「あまりにも可愛らしい答えだったからー、ついつまみ食いしちゃったー。兄貴もこれくらい男見せないと可憐ねぇも振り向かないと思うけどなー」
死体の臭いが既に感じなくなるほど嗅いでいた頃、バエルが死体を完食しルキフグスたちの所へ戻って行った。スーツの襟元に腐った血が付着していた。
「ご馳走様でした。そして、慈悲深い罰をありがとうございました」
口元についた血を親指で拭い、親指を舐めるバエル。その姿を見た皐月は満足気に頷いた。
「絶望で絶命した魔力の無い人間はこの上なく不味い食べ物です。まぁ、私は人間の食べ物そのものもあまり得意ではありませんけどね」
死体を食べる事に集中していた為、傾いた眼鏡を右手の人差し指で戻すバエル。歩く度に革靴の足音が部屋中に響いた。
「おつかれー。禊終了ー。お前の上司可愛いからついつまみ食いしちゃったー」
皐月の言葉にバエルは目を見開いた。眼鏡の奥にある切れ長な目がをルキフグスに向けられる。深い接吻の事後を示す唾液が彼女の口元からゆっくりと垂れていた。視線をルキフグスから皐月に戻し、奥歯を思いっきり噛み締めた。
「ガキが」
バエルが聞こえるか聞こえないか微妙な声量で呟いた反逆の言葉。皐月はそれを確実に聞き取っていたが敢えて聞こえてない態度を取った。
「さー。もうSランクにも用はないし、花の契約者も移動したならさっさと行きますかー。久しぶりに兄貴や可憐ねぇにも会いたいしー。先に行ってるから準備出来たらまずは兄貴……戦いの大天使ウリエルの未来の器をぶっ壊しますかー」
少年には似合わない不敵な笑みを浮かべる皐月。背中の羽が再度不快な音をたてる。すると、皐月の床から闇と毒に近い色をした魔力が円を画き、そのまま皐月を包み込み姿を消した。
数秒後、残されたのはルキフグスとバエルのみだった。
「危ない橋は渡らない方がいいと思うよ。バエル」
数秒の沈黙。先に口を開いたのはルキフグスだった。皐月がいなくなった今、最も地位が高い彼女は既に立ち上がり、和服についたホコリや汚れを払っていた。彼女が揺れる度に美しい銀髪と月下美人の髪飾りも揺れた。
「はて。なんの事やら。私が何かやらかしたらベルゼブブ様が再度私を罰するはずですよ」
片膝をつき、忠誠を示すバエル。その後自分の左手を胸元に、右手をゆっくりとルキフグスに差し出した。
「私はあくまでも貴女の部下です。私がお慕いするのはルキフグス様のみ。ベルゼブブ様は目的と利害が一致した同士に近い感覚です。故にそれが外れた時には既にベルゼブブ様にどう思われようが私の勝手ですよ」
差し出された右手を取るルキフグス。彼女の指先から微かに魔力が漏れ出きた。
「嬉しい事言ってくれるんだね。それでこそボクの自慢の部下さ」
エスコートされて歩く二人は傍から見たら恋人同士のような距離感だった。ルキフグスが和服の裾をそっと握り、バエルがエスコートしやすいようにする。
「故に花の契約者とのお戯れを見ると多少嫉妬してしまいますね。私だけを見てくれる事は出来ませんかね」
バエルの言葉にクスリと笑うルキフグス。バエルは冗談ではないと伝えるためにエスコートしているルキフグスの手を握りしめた。
「君がもっとボクに貢献してくれたら、考えてあげるよ」
ルキフグスの黒い翼が大きく羽ばたいた。その後翼は二人を包み込み闇と毒に近い色をした魔力となり、数秒後には二人の姿は消えていた。




