LAST-STAGE Eyes - 君のために僕がいる
恭一郎の携帯に、四条拓人から連絡が入った。
【手筈は整った。すまないが手を貸して欲しい】
「だそうだ。行くぞ」
「え、皆で行くの?」
「当然だろう。ここにいる三人全員、【四条ゆりあ】には思うところがあるんだからな」
小さく笑って席を立つ恭一郎に続いて遥斗が、そして恭一郎に腕を引かれるようにして瑠架も席を立つ。
彼らが今か今かと連絡を待っていたのは、藤堂家のリビング。
ぞろぞろと揃って車庫に向かうと、そこでは家族サービスの時にしかハンドルを握らない父が待っていた。
「来たか。準備はできているぞ」
「はい、よろしくお願いします」
「どうにも瑠架だけはわかってないようだから言っておくが、行き先はシジョウ・コーポレーションだ。そこで開かれる臨時役員会議に私と恭一郎君、そして遥斗君の三人は大株主として出席する」
「…………聞いてないの、私だけ?」
「言ってなかったからな」
しれっとカミングアウトした恭一郎の長い足を蹴ろうとしたが、先につま先を蹴りつけられて瑠架は黙り込む。
(ムカつくけど、今はじゃれてる場合じゃないもんね。決戦、なんだから)
シジョウの大株主、ということは遥斗は一宮家代表、恭一郎は瀧河家代表、そして父は筆頭株主であるUSAMIの役員……つまりUSAMIの代表として会議に出席するということだ。
それならば残る瑠架だけは参加権もなく、ただついて行くだけのようにも思えるが。
だが彼女にはわかっていた。
四条拓人が『手を借りたい』と言ってきたのは、その役員会議に関してだけではないことが。
当事者の一人である瑠架にも見届けて欲しい。
そういう意味も含まれているのだと。
役員会は、淡々と進んでいった。
役員内では自分だけが知らされていなかった『社長退任要求』を突然議題として突きつけられ、これまでの『職権乱用』や『無駄な投資』について次々と指摘されるたび、社長である四条家現当主の顔色は青から白へ、そしてとうとう土気色へと変化していく。
「では社長、ご決断を」
「…………今はまだ、退くわけにはいかんのだ。まだ、やることが残っている」
「それはエトワールの乗っ取りですか?……あれだけ会社に損失を与えておいて、まだそのような世迷言を?」
切り返したのは、大損害が出た後二次災害としてやってきた一宮家・瀧河家からのやんわりとした報復行動に対し、頭を地に擦り付けて詫びた専務取締役だ。
彼は……否、社長以外の全役員がわかっていた。
エトワールを、藤堂家を敵に回すということは即ち一宮や瀧河、イギリスのシュナイダーに瀧河の本家筋である久遠、それに連なるキャリア官僚達、更に藤堂家当主の所属するライバル会社USAMIをも敵に回してしまうのだと。
大株主を招いての役員会を提案したのは臨時顧問の拓人だが、社長の退任要求自体は役員達の総意で既に可決状態にあった。
知らなかったのは本人のみ、ということだ。
「意識、まだ戻らないんだって?」
「ああ、そう聞いてる。もっとも、戻ったところでそこから先は天国から地獄だろうが」
「…………そうだね」
役員会の後、「考えたい」とだけ告げて退席した四条家当主は、家に戻ってから倒れて病院に運ばれた。
一部始終を隣室で見ていた拓人曰く、愛娘であるはずのゆりあが『パパがいなくても大丈夫よ』ととどめを刺してしまったらしい。
『もしその時、父と離れたくないから一緒に行くと言っていたなら……どこか遠い国に別荘を用意して、そこに二人揃って隔離するだけで済ませようと思っていたのだがね』
そう告げて苦笑した拓人は、だがそうはならなかったんだとどこか哀しげな声音で付け加えた。
獅堂蓮司は、大野ゆりあに接触されたことで前世の記憶を取り戻し、そしてどうにかしなければと危機感を抱いて早々に四条拓人やヴィオル・アルビオレに接触を試みた。
彼は、四条家当主……つまり拓人の血の繋がらない父である男が外に作った娘について話し、そのまだ幼い少女がどうにも様子おかしいこと、実の息子に対しても駒としてしか見られない当主がなぜかその少女にだけは公私混同するほど溺愛していることなどを話し、詳細を調べて欲しいと頼み込んだ。
最初の頃は意味がわからないと難色を示していた拓人はしかし、興味を持ったヴィオルが調べ上げてきた少女の『可愛らしいおねだり』がいかに金の無駄遣いか、可愛らしく甘える少女の出す要求がとてもその年頃の子供が口にする程度のものではないことなどを知り、ようやく重い腰を上げた。
恭一郎に接触してきた時、蓮司が言っていた『仕組みたいこと』というのがこれだ。
彼は瑠架や恭一郎を監視するのと同時期から、大野ゆりあがゲームスタート時期まで精々油断してくれるようにと、拓人やヴィオルに根回しをしてきたのだ。
娘にとどめをさされてショックで倒れてしまった四条家当主は、未だ病院で眠ったままだ。
そしてその場での判断ミスにより、『自分に落ちた』と思い込んでいた三人の男達からとどめをさされてしまった【彼女】もまた、自我をどこかに飛ばしてしまったらしい。
見舞いという名の状況確認に出向いた四条の部下の話では、
『あたしはヒロインなの』
『みんな、あたしのことを愛してるに決まってるわ』
『まだ、ゲームオーバーじゃないんだから』
と、ぶつぶつ宙をみつめながら呟いているとのことだ。
(四条家当主が倒れて、四条ゆりあも壊れた……こんな終わり方って……)
この世界は【ヒロイン】のものじゃない。それがわかっただけでも、良かったと言うべきなのかもしれない。
だとしても、こんな終わり方は後味が悪すぎる。
「……もしこれが全部ゲームのシナリオで、私が画面の向こうのプレイヤーだったとしたら……『ヒロインざまぁ』で終わらせられたんだけどな……」
「言いたくないが、ゲーム内での藤堂姉妹の結末ほど後味悪いものもなかっただろ?」
「ああ、うん。特に瀧河恭一郎ルートの没落・一家離散・無理心中エンドは最悪だったよね」
「わかってると思うが、それは【俺】じゃない」
憮然と言い返してきた【彼】に、【彼女】もわかってるよと返す。
【彼】は瀧河恭一郎であり、それ以外ではありえない。
【彼女】は藤堂瑠架であり、意思を持って生きている人間だ。
獅堂蓮司という名を持って生まれた【彼】は、今の自分を静かに受け入れている。
大野ゆりあとして生まれた【彼女】も、それに気づけば変われたかもしれないのに。
「ねぇ、結局さ……この世界ってなんなんだろう?どうして、私や恭くんや蓮君……それにゆりあは、記憶を持って生まれたのかな?」
「なんだ、今更だな」
くだらない、と恭一郎はフンと鼻を鳴らす。
「俺達の知る前世が全部同じ世界だったとは限らない。だがその共通項に、同じタイトルのゲームをやったという記憶がある。そして、どうしてだか記憶を持って生まれ変わった世界では、そのゲームと同じ名前の学校、同じ名前の人物なんかがいた。……ただ、それだけなんじゃないか?」
「それだけって……」
「どうしてか、なんてそんなの考えてわかることか?もしかすると某小説投稿サイトで大人気の『トラックに轢かれて転生したら異世界でした』ってことかもしれないし、『実は神様の手違いで殺されてしまったから、記憶つきで大好きなゲームと似た世界に転生させてもらった』のかもしれない。だとしても、どうやって証明するんだ?」
「……うー……」
(わかってるよ。そんなことわかってる。でもさ、なんでそれじゃあの子は……)
どうして、大野ゆりあとして生まれたあの子はゲームは所詮ゲームなのだと、自分が生きているのは紛れもない現実なのだと受け入れられなかったのだろう。
どうして、心が壊れるまで現実を認められなかったのだろう。
哀れみたくはないし、彼女のやったこと、やろうとしたことを考えても簡単に許されていいものではないとわかっているのに。
「……酷なようだが、安っぽい同情は身を滅ぼすぞ」
突き放すような言い方をしていても、お前は壊れてくれるなよという副音声が聞こえてくる。
彼女がもし誰かに、本当の意味で心を開いていたら。
彼女にも、すべてを受け入れてくれるような存在がいたかもしれないのに。
考えれば考えるほど、切なくて泣きたくなった。
「……ところで、約束を覚えてるか?」
と、泣きたいくらい痛い沈黙を破ったのは、しっとりと艶を含んだ恭一郎の声だった。
視線を上げると、珍しく眼鏡をはずして露になったオリーブグリーンの双眸が、優しく……熱っぽく瑠架を映している。
(約束?約束って…………あ、)
『このまま、帰したくない』
そんな言葉で誘われた時、瑠架は『連絡が入るまで待って』とおあずけを食らわせた。
その連絡は、数週間前に入った。
そして、四条ゆりあの問題を含む大体の懸念材料は片付いたと言ってもいい。
一足早く大学へ進学を決めた瑠璃は、遥斗が高等科を卒業するのを待って一宮家へ嫁入りすべく、着々と料理の腕を上げている。
家政婦がいるから殆どの家事は必要ないが、料理だけは自分で作りたいのだと今から意気込んでいる。
瑠維は、藤堂家の正式な跡取りとしての勉強を少し前から始めており、最近では暇をみつけては父の書斎で経営について学んでいる。
久遠家の末娘である彩菜との関係も、どうやら正式な交際へと発展したようだ。
遥斗は、幼い頃から一途に想い続けてきた瑠璃に恥じない伴侶になりたいからと、一宮家の分家を統括する仕事に関わり始めている。
わからないところは交流を始めたばかりの拓人に聞いたり、時にはヴィオルにヘルプを要請したりと、人材の扱い方や交友関係の広げ方など様になってきた、とは恭一郎の意見だ。
危ういところまで傾きかけた四条家にてこ入れすべく、拓人は正式にヴィオルを片腕として雇い入れ、分家筋すべてを掌握できるように一宮家や瀧河家の協力を得ながら戦い続けている。
ヴィオルはそんな拓人を支えつつ、こちらも傾きかけているシジョウを救う一案としてエトワールとは一線を画す、極端に言えば100円一枚持って入っていきやすい庶民派なカフェを企画立案し、いずれはそのオーナーとなる予定だ。
蓮司は、どうやら以前療養で行っていた国が気に入ったらしく、中等科を卒業したら再留学してその国に経済やお国柄などを学び、将来的には拓人と相談しながら新しいビジネスを始めたいと言っている。
「四条さんは約束を守ったぞ」
「……わかってるよ」
「お前の言う『わかってる』はあてにならない。本当にわかってるヤツは、口に出してわかってるなんて言わないからな」
態度で示せと暗にそう言いながら、恭一郎は返事を待たずに腕を伸ばす。
もう限界だ、とでも言いたげに。
自分を受け入れてくれる、素直に求めてくれる温かい腕に抱かれて、瑠架はその胸に頬を摺り寄せた。
クールを装った普段の彼からは考えられないほど、鼓動は速く脈打っている。
「…………ねぇ」
「お前のその『ねぇ』が出た時も碌なことがなかった気がするが。一応聞いてやる。なんだ?」
「……嫌なら嫌でもいいんだけど……コンプリート特典のあれ、言ってくれない?あの台詞を今の恭くんから聞きたい……な、って」
「ああ、あれか……」
面倒くさいな、と前置きするその声は明らかに照れを含んでいる。
吸って、吐いて、吸って、吐いて
何度かそれを繰り返し、彼は「一度しか言わないからな」とぶっきらぼうに告げた。
「俺のためにお前がいるように、お前のために俺がいる。それを忘れるな……瑠架」
でもってその後
「卒業したらすぐ式の準備に取り掛かるからな」
「それはいいけど、大学にも行きたいし経営の勉強もしたいしエトワールも継ぎたいし。子供はそれからでもいいよね?」
「…………」
なんて会話をしてればいいな、なんて思います。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。




