2 三人のお茶会
イザベラは二人を生徒会室に案内した。
イザベラには婚約者がいるため、ノアはドアを開けたままにしようとしたが、イザベラに
「ドアは閉めてちょうだい」
と言われてしまった。
生徒会室に入ると左側には会長の執務机があった。
正面にはマホガニーを使用した優雅なデザインの大きな丸テーブルがあり、周囲には6つの椅子が用意されていた。
周りを見渡すエマにイザベラは微笑みながら言った。「ここに入るのは初めて?生徒会の役員でないとなかなかここに来る機会ってないわよね」
イザベラは流れるようにお茶の準備をし始めた。
その様子を見たエマとノアが
「いや、僕が!」
「わ、私が!」
と申し出るが、
「いいのよ、わたくしが呼んだのだから」と軽くあしらわれてしまった。美しい所作でてきぱきと支度をするイザベラの姿に2人はすっかり見とれてしまっていた。
薔薇の文様が絵付けされた繊細な形のティーカップに紅茶が注がれていく。
湯気が立つとともに香りがふわっと立ち込めて、エマとノアの2人とも思わず頬が緩んでしまった。
「さあ、どうぞ。お口に合うといいのだけれど」
イザベラからティーカップが差し出された。
「あ、ありがとうございます」
エマはおずおずとカップを手に取った。
いただきます、と紅茶を口に含むとその瞬間、
全身が花の香りに包まれたような心地がした。
「イザベラ様…!この紅茶とってもおいしいです!お花畑にいて風が吹いたみたいです」
「美味しい。茶葉はラキルムのものでしょうか。香り高く紅茶の女王と君臨するのも頷ける」
ノアとエマが全く同時に感想を述べるものだからイザベラはふふっと笑った。
「あなたたち、とても息ぴったりだわ、仲がいいのね」
「「まあまあです」」
「あら。またしても!」
「…………………………もしかしたら私の見当違いかもしれないわ」
そうつぶやいたイザベラの声は言い争う二人の声に沈んだ。
「なんかノアと息が合ってるってどうなのかしら」
「おい、どういう意味だ」
「だってノアって皮肉屋で口が悪いじゃない?」
「それを言うならエマだって見事に食い意地が張ってるよな」
「それはそうだけど!」
一通り騒いだ二人は、ここがイザベラの前であることに気づき慌てて身をただした。
「す、すみません!!!」
「イザベラ様に聞くに堪えないお言葉を、大変失礼いたしました」
「うふふ。元気があるのはいいことだわ。それでは早速本題に入って悪いのだけど……」と言いかけイザベラが珍しく言葉を濁した。
「?」
「貴女、乙女ゲームってご存じかしら?」
エマはぽかんと口を開けた。
「…………。お、おとめげえむ、ですか?…………聞いたことないですね。ノアは?」
「僕もそのような言葉は聞いたことがないな」
「つまり…………ヒロインではない、ということね?」
「……ヒロインですか?もしも自分が物語の人物だったら…とかは考えますけれど、私は私ですよ!」
その途端イザベラから、はぁぁ~~~、と盛大なため息が聞こえた。
イザベラは明らかにほっとした表情で胸をなでおろしていた。
「お見苦しいところをごめんなさい。貴女が殿下の運命の方だったらどう戦おうかと……」
と少し上ずった声で言った。
「えっ?!何のことですか!!私アルベール様とお話したこともないです!!それに私なんかがイザベラ様と戦えるわけないです!!」
「全く同感です。このような小娘、イザベラ様の足元にも及びません!!」
エマとノアが慌てて否定した。イザベラは笑ってごまかそうとしたが、その瞬間、
頬に涙が一筋つたった。
それから、わっと堰を切るように泣き出してしまった。
「「イザベラ様?!」」
「……っ」
「あ、あの……!」
「おい、そっとして差し上げろ」
声をかけようとするエマをノアが小声で止めようとするがきかなかった。
エマは座っていた椅子から勢いよく立ち上がりイザベラの傍に寄った。そして心配した声で
「私たちにできることなんて、たかが知れているかもしれません。でも、何かお力になれるかもしれないです。イザベラ様、何があったかどうか話していただけませんか」
「2人ともお気遣いありがとう。そうね……。確かに話せば変わることもあるかもしれないわ。でもわたくしはアルベール様の婚約者」
「(やはり私ではお役に立てないわよね…………)」内心落ち込むエマを優しく見つめ、イザベラは続けた。
「わたくしのひとりごとが大きすぎて、あなたたちがたまたま聞いてしまったということでいきましょう」
あくまでも相談という形ではなく、二人がイザベラの独白を偶然聞いてしまったというていでいくらしい。
「…………わたくしはいつまでアルベール様の婚約者でいられるのかしらって時々思うことがあるの」
明らかに深刻な雰囲気を感じ、エマとノアは顔を見合わせた。
「わたくしはね、幼い頃からずっとアルベール様のことが大好きなの。だからこの十年間、隣に並ぶためにできることは全てやってきたわ。
でもここ最近、前せ……じゃなくて繰り返し夢をみるの。夢には必ず他の方と共に寄り添うアルベール様が出てくるの。ピンクの髪をしたとてもかわいらしい方。何日も何日も繰り返しよ、きっともう決まったことなんだわ。
殿下と幸せに暮らすのは、私ではなくそのヒロインなの。わたくし、これからどのように生きていけばいいのかしら、というより生きられるのかしら」
「なんてことをおっしゃるんですか!!!」
エマが叫んだ。
「アルベール殿下の隣に並び立てるのは何があっても絶対絶対ぜーったいイザベラ様だけです!!もしも、これからアルベール殿下がこんなにも素敵なイザベラ様を泣かせるようなことがあったら、私が殿下をぶっ飛ばします!!不敬になってもいいです!!」
「おいおい……聞く人が違えば処刑されるぞ、お前」
ノアが肩をすくめた。
「ふふっ、エマさん、貴女あんなにわたくしとのお茶会に緊張していたのに、面白い方。………………それにね、今のはただのひとりごとよ?」
涙目ではあるがおちゃめな顔をしたイザベラが言った。しかしすでに背すじはピンと伸びていてなんだかつきものが落ちたかのようにも見えた。
「このお茶会もそろそろお開きにしましょう。来ていただいたのに大したもてなしもできなくてごめんなさいね」
「いえ!!全然!!!」
「素晴らしいお茶で我々はすでに最上級のおもてなしを受けておりますよ」
「そう。それならよかった。わたくしはもう少し、涙が乾くまでここにいることにするわ」とイザベラが言った。
おそらくエマとノアと一緒に部屋を出て、あらぬ誤解を招かないための配慮でもあるのだろう。
2人が部屋を後にし、イザベラは1人で物思いにふけった。
「(エマさん、あの子には悪いことをしてしまった。ゲームのヒロインと同じ色の髪の毛で似たような境遇だからってヒロインと決めつけるなんて。早とちりはわたくしの悪い癖だわ……)」




