6 帰り道
昼間は薄暗く見えた路地だが、夜に通るといくつかの扉から灯りが漏れているのが見えた。
そんな夜道を歩きながら、エマは先ほどの自分の活躍っぷりをノアに話してあげた。
「私いつもノアをからかう時にしていた表情でポーカーしたのよ。そうしたらあのおじさん達まんまと引っ掛かって。ふふ」
「っは、いつものあの顔だろ?よく取っ組み合いの喧嘩にならなかったね。ゼノさん、見かけによらず懐が深いんだ」
「ついでにあなたの借金もチャラにしてあげたんだから、苺タルトをごちそうしてくれたって罰は当たらないんじゃない?」エマが得意げな顔で言った。
「…それもそうか」非常に不本意そうな顔でノアが言った。
「あら、あなたが素直なんて珍しいこともあるわ、言ってみるものね!それともあのあっけない敗北が相当堪えたのかしら?」
「うう、もうやめてくれ…」
珍しく情けない顔をしたノアをエマがもうひとからかいしようと口を開いたその時、反対から猛スピードで走ってくる男がエマの肩にぶつかった。
ドンッ!!
「いてっ!」
その拍子に男が持っていたアタッシュケースの中に入っていた分厚い書類が外に飛び出してしまった。
エマが拾うのを手伝おうとかがんだ瞬間、男は「さ、触るな!!」と叫んだ。エマがびっくりしているうちに、男はいそいそと書類を集めてまた走り出していった。
「なぁに?今の人。ぶつかっておいてやな感じ。ねえノアもそう思ったでしょ…」
エマは同意を求めようとして初めてノアが周囲にいないことに気づいた。
「え、どこ行った?」
すると後ろから急に
「今の男が戻ってこないうちに帰るぞ」
といつもの声がした。
「なんだ、後ろにいたの。見失ったかと思った」
「いいから早く帰るぞ」そうノアに急かされて帰り道を急いだ。
「え、走るの???」
「いい運動になるだろ」
それからひたすらに2人は走った。気がつけばエマの家の前に着いていた。エマは息を整え、ノアに急いだ理由を尋ねた。
「はぁ…はぁ…どうして……そんなに走る必要があったの…??」
するとノアは今までエマが見てきた中で一番悪い表情を浮かべた。ノアはエマと違ってあまり息が上がっていないように見えた。夜道なことも相まってなんだか周りにドス黒いオーラが見える。
「えっ!もしかして悪魔にでもとりつかれた?!」
「いやぁ、あの男の人かなり面白いものを落としていったよ。ほらこれを見たまえ」ノアはピラっと一枚の紙を差し出した。
「ん?これは…」
「エマ、君も文官を目指す身なら分かるだろ。平たく言えばソワレス伯が領地を担保に借金をしていることの書類だ」
「ええ!!どうしてこんな大事なものが!!」
「借用書らしきものが落ちたから、シルスのものだと思って拾っておいたんだ。でも違ったみたい。あーあ!見間違えるなんて、僕って本当にうっかり屋だなぁ。」ノアは悪びれずに言った。
「嘘だー!シルスのものはあなたが洋服の内ポケットにまで入れて…そう簡単に落とすわけないわよ!!」
「勘違いというものは誰にでも起こりうる」
ノアは至極真面目な顔で言った。
「それから…万一さっきの男がこれを落としたことに気づいたら危ない。特に君は」
「うんうん、か弱い女の子だもんね」
「いや違うさ。おそらく、あの男は僕がいたことに気が付いていない。というより僕はあの男に気取られないように動いていたんだ。先ほど君が僕のことを見失ったように」
「つまり私を囮にして自分は男の死角に入ったと??」
「そうとも言えるね」
涼しげな顔でノアがそう答えた。
確かに男はエマには一切書類を触らせなかったのに、ノアはこうしていとも簡単に大事な書類を手に入れてしまっている。
「だから明日の登校には気を付けるんだよ」
ノアはそう言い残して去っていった。
このノアの言葉のせいで、エマは自分のベッドでガタガタ震えながら寝る羽目になったのである。




