5 ゼノとポーカー
ゼノは路地を大分進んだ先にある酒場にいた。
カウンターに腰を掛けて濃いめの蒸留酒を楽しんでいる様子だった。一つ残念なことがあるとするならば、バーの椅子が高いのか脚が短いのか脚が床から宙に浮いてプラプラしてしまっていることぐらいだった。
ゼノ!!とおばさんが声をかけると、その男は目を細めつつだるそうにこちらを振り向いた。
「この子たちがあんたを探しているっていうから…」とおばさんがエマとノアを紹介しようとするが、ゼノは二人を見るなり目を見開きすぐにあの時のことを思い出したようだった。
「おおう!いつぞやのいちゃいちゃしてたラブラブカップルじゃねえか。よくもあんときは見せつけてくれたなあ!!」と笑いながら言った。
「え、あんたたちそういう仲だったのかい?」とおばさんがきょとんとした顔で言った。
「冗談じゃない、この僕にこんな妙ちくりんがお似合いとでも?」
「口を開けば皮肉のオンパレードだし、絶対にありえません!」
否定する言葉を同時に喋ったせいで、ゼノとおばさんはうまく聞き取れなかったようである。
おかげでゼノには
「あんましちゃんと聞こえなかったが、仲良しってこったな!」と雑なまとめ方をされてしまった。
「ところで坊主と嬢ちゃんは俺に用があるって言ってたな。へへっ、金貸しなら喜んで引き受けるぜ。俺の取り立て力はおまえさんたちもよーく見ていただろう?」鼻をさすりながらゼノが言った。
「残念ながらお金を借りるわけではなくて…」
「ちょうど僕たちが見かけた、あの若い男があなたに借金をしているという証拠が欲しいんだ。借用書の写しでもいい、譲ってもらえないだろうか?」
「ほう、そいつは意外な頼みだ。たかが紙切れを何に使うのか気になるところではあるが…悪い。そいつは引き受けられないな。こちらも一応客商売でね、シュヒギムってやつが存在するからな」
「「そこを何とか!!助けたい人がいるんです!」」
エマとノアはあたかも自分たちが人のために動いているように主張したが、大嘘である。二人の動機は面白そうの一点なのだから。
「…何やら訳ありだね?………そこまで言うんなら俺をポーカーで負かしてみろ。それが出来たら借用書の写しを譲ってやってもいい。」
「「本当ですか?!」」
「このあたりの奴らは一通り対戦してしまってな、相手にならなくてつまらん。俺より強いやつに出会えたら、俺もシュヒギムを破る価値があるってもんだ………ただし!!!負けたら俺から金を借りてもらう。ここだけの特別利子付きでな!!」
勝てば借用書、負ければ借金地獄の分かりやすい勝負である。
「わかりました。その条件で行きましょう。ポーカーなら僕、かなり手ごわいですよ?」とノアが余裕たっぷりに言った。
「へへっ、そいつは腕が鳴るねぇ」
早速試合を始めようとするノアをエマがぐいと引き留めた。
「ちょっとノア、ポーカーの勝負って私ルール分からないよ。2人でできるものに変えてもらおうよ」とひそひそ声で言った。
「おっとこれは失礼!ポーカーは思ったことがすぐ顔に出るお子様には少々難しい遊びなんだ、エマは下がっているといい」ノアは演技がかった様子でエマをポーカーの卓から遠ざけた。
「何よ1人だけ大人ぶっちゃって!!憎たらしいわ!!」
口ではそう言いつつもエマはノアのいう通り、ポーカーの卓から少し離れた場所に腰掛けた。ルールも何もわからない以上、今自分にできることは勝負を見守る以外にないと思ったからだ。酒場まで案内してくれたおばさんはそんな二人のやり取りを見て「若いっていいね」とぼやいた。いつの間に、つまみになるナッツまで用意して、完全に試合を楽しんで観るつもりのようだった。
ノアはポーカーの卓につくと両肘を机につき、両手を組んだ。そして余裕たっぷりの笑みを浮かべて「始めましょうか」と言った。
「(…エマはポーカーのルールを知らないと言っていたがその方が逆に都合がいい。もし負けたとしても僕の家なら借金を返せるからな)」
そんなわけでノアとゼノ、ゼノの仲間二人を加えた4人でポーカーをすることになった。
最初は優勢に見えたノアだが、徐々に顔色が悪くなってきた。
「だーっはっは!!貴族のお坊ちゃん、進め方がちょーっとお上品すぎるんだよなあ!!もっと泥臭くいかねえと!!」
「こんなはずじゃなかったのにー!!!!」ノアが机を拳でドンと叩いた。
「ええええ、うそでしょ、ノアめっちゃ負けてるーーー!!」
あんなに気取っていた割にノアはあっさりとゼノに敗北してしまった。
「う、うるさい!!!僕だってひさびさだったんだよ!!もう最悪だ!!知らない!!」そう言って近くにあった酒をあおった後、机に突っ伏して大泣きし始めてしまった。
「その酒俺のなんだけど…」とゼノの仲間がぼそっと言ったがおかまいなしである。
「おう、じゃあそこの坊ちゃんは俺に借金をしてもらおうか」意気揚々とゼノが言った。
「待って!!まだ私が勝負してない!!」すかさずエマがゼノの前に立ちはだかった。
「嬢ちゃん、威勢がいいのは分かるがルールが分からないんじゃどうしようもないんじゃないか?」ゼノが呆れた様子で言った。
「ルールならさっき見て覚えたし」
「ほう、それは心強い。坊ちゃんとの試合はスリルがあんましなかったからな。じゃあ二回戦と行こうか」ゼノがニヤリと笑った。
こうしてエマとゼノたちによる勝負が始まった。ポーカーの卓で潰れたノアはそのままぐっすり眠ってしまったので端っこの机によけておいた。
ゼノたちは今初めてポーカーをするというエマのことを下に見ていた。初心者ほどカモりやすいターゲットはない。
しかしいざ勝負が始まってみると、エマの意外な才能が明らかになった。
エマはずっと笑みを絶やさないことでゼノたちをおちょくり、優勢に立っていた。
「(いつも私がノアを煽る時にしている顔、あまりにも役に立ちすぎている!!)
「(この女、ずーっとニコニコしているだけで視線の動きも読めねえ、思ったよりやりづれえな)」
「レイズ」とエマがにっこりしながら言った。
「ここでレイズ??嬢ちゃん正気かよ」
「(もう後がないもんな、なりふり構わず自滅しろ)」
そんな男たちの願いも虚しく勝負が決まった。
「フルハウス」、「…フラッシュ」「チッ、…フォーカード」
「ストレートフラッシュ、はい私の勝ちー!」
「う、嘘だろ?!」
「イカサマだろイカサマ!!」
「あっそ。そう思うならもう一度やってみる?でも次また私が勝ったら借用書の写しだけじゃなくて、さっきのノアお坊ちゃまの借金もチャラにしてもらうよ?」
「望むところだぜ、こんなにひりつく展開は久々だ」ゼノは完全にポーカーにのめり込んでいた。
こうして第二試合が始まった。
先ほどニコニコだったエマだが、今度は真顔になってみる。おかげでゼノたちはますます混乱した。
「うふふふふふ、ロイヤルフラッシュ♡」
「だああ!!!くっそーーー!!嬢ちゃんは人を嵌めるのが上手いねえ!!」
「くうううう、これが借用書の写しだよ!ほら持ってきな!!」
ゼノが酒場の机にダンッと一枚の紙きれを置く。「ついでに坊主の借金もチャラだ」
その言葉を聞いてエマは飛び跳ねた!
「だってよノア!!シルスの借用書も手に入れたし、私があなたの借金を無しにしてあげたわ!今はあなたからの感謝の言葉を待っているところよ」
エマがノアの肩をガシガシ揺らすが、ノアはまだ夢の中にいるようである。
「この期に及んで寝たふり?…まったく、手のかかる子ね」エマはあきれる様子を見せた後、ゼノの方に向き直り笑顔でこういった。
「ゼノさん、ポーカーってとても楽しいのね!教えてくれてありがとう、またいつか勝負しましょ」
「ああ、いつかな」
ゼノは楽しそうにも苦笑いにも見えるように微笑んだ。
エマはそろそろ酒場から帰りたいと思っていたのだが、ノアはまだ眠っている。
「ノーア!!おーきてー!!」肩を揺らすが起きる気配がない。
「ノア!!起きなさい!!」とエマが怒るとノアの肩がビクッと揺れた。
「…おはよ」目をこすりながら眠たそうにノアが言った。
「やっと起きた!目的のものは手に入ったしさっさと帰るわよ!」とエマがうきうきで叫ぶ。
ステップを踏んだつもりなのだが本人にリズム感がないため怪しげな動きになっている。
「…え。借用書?借金は??僕が寝ている間にいったい何が起こったというんだ、説明してくれ」
ノアはまだ理解が追いつかないようで混乱していた。
「じゃあ、それは帰り道でのお楽しみね!もう酔いは醒めたでしょ?私のこと家まで送っていって」
「はあ、わかった」まだ少し寝ぼけた様子でノアが言った。
ややエマの勢いに押される形で二人は酒場を出た。外はもうとっくに真っ暗になっていた。




