2 苺タルトと迷子
今日は学校がお休みの日。
エマは王都の城下町にあるイチゴタルトの店にいた。そのお店は飲食できる場所も伴っており、エマはテラスの席で紅茶と一緒に優雅なティータイムを楽しんでいた。
「ん~!!おいしい!!やっぱりこの苺タルトは天才的な味がするわ。タルトはサクサクで苺は甘酸っぱくてみずみずしい!そしてそれらを優しく包み込むカスタードクリームの優しさ!!私、このタルトならホール丸ごと食べられそう!!!」
「それはご苦労なことだね。もし丸々と太ったら生ハム工場にでも出荷してあげよう。良い伝手があるんだ。」
何やら聞き覚えのある声が斜め後ろから聞こえた。
ふりかえると完全におちょくった顔をしているノアがいた。
「ノア!!奇遇ね!!っていうか生ハムって何よ?」
出会って早々、エマはノアに詰めよった。
胸ぐらをつかもうとするエマをたしなめるポーズをとり、涼しい顔でこう言ってのけた。
「僕が言いたいのはね、健康が大事ってことだよ。」
そのままノアはエマの真正面の席に腰かけると、アイコンタクトで店員を呼びよせコーヒーを注文した。
そしてエマの方に向き直り頬杖をつきながら「この後はどこか買い物にでも行くのかい?」と尋ねた。
「うん、インクを切らしているから3番通りの店で買おうと思っているの」
「ふーん、面白そうだから僕も一緒についていってもいい?」
「いいけど、特に面白いことなんてないと思うけれど?」
そう言ってエマは苺タルトをほおばった。
それを見たノアが「おい、一口が城の門より大きいぞ」と余計なことを言ってまたエマを怒らせるのであった。
エマが苺タルトを十分に堪能し、二人は店を後にした。
「丸ごとなんて言ったけれど、結局3ピースでお腹一杯になっちゃったわ。」
「3ピースも食べれば十分だろ」
「ノアは何も食べなくてよかったの?結局コーヒーだけだったじゃない」
「あぁ、もともと甘いものは好きではないし、見ているだけで満足したよ。ところでインクを買う店は分かるのか?」
「ええ。もちろんよ。3番通りはこの店を出て左にまっすぐ行った後、右に曲がったら2つ目の道を進めばいいのよ!」
しかしエマは筋金入りの方向音痴であった。そしてノアはそれを知っていた。
「パン屋さんがここにあるってことは、こっちに行けばいいのかな?」
ノアはエマが案の定違う方向に進んでいるな、と思ったけれど何も言わずに一緒に歩いた。
だってそっちの方が面白そうだったから。
しばらく歩いてみてもインクの店には一向にたどり着かない。道が間違っているのだから当然である。
「おかしいわね。この店の並び3回は見たわ。ねえノアこの道あっていると思う??」と少し心配そうに聞いたエマに対して
ノアは「んー、エマが合っていると思う道が正しいよ。今日中にはたどり着けるといいね。」と最上級に爽やかな笑顔で答えた。
「また適当なこと言って!」
そんなことを言いながら歩いているとだんだん薄暗い道に進んでいるのを感じた。活気あふれる店の雰囲気はなくなって、寒々しい雰囲気が漂っている。
「ノアごめん。どうしよう、絶対この道じゃない気がする。」
一回来た道を戻ろう、不安になったエマがそう言いかけたとき、人の話し声が聞こえてきた。
建物の陰からちらりと様子をうかがうと、若い男性と背の低い男が揉めているようだった
「おい、あんちゃん。金が返せねえなら別の手段も考えときな。お貴族様みてぇにキレーな面してっから使い道はいくらでもあるぜ」と背の低い男がニヤニヤしながら言った。
「た、頼む。もう少しだけ待ってくれ。大金が入る目途はついているんだ。あの女と結婚さえすればどうにでもなる」若い男は焦った表情を浮かべてそう言った。
「へへっ、ポーカーでスっちまうなんてあんちゃんも運がないねぇ!!」
「なんかお取込み中じゃない??」エマはノアに小さい声で言った。
「そのようだな。だが少なくとも金を借りるならこの辺りは避けるのが暗黙の了解だろう。法外な利子を請求する店が多いからな。」
「ねえちょっと声大きいかも」エマはノアにささやくが、ノアの声のボリュームは落ちない。
「全くそんな常識も知らないなんてよほどの世間知らずと見えるね」とノアが肩をすくめてやれやれとしたジェスチャーをした途端、背の低い男がふりかえってこちらを見た。
「そこに誰かいるな!!!」
「「気づかれた…」」
その瞬間、2人はピンチを切り抜けるために脳みそをフル回転させた。その結果、息ピッタリに始まったのはまさかの恋人劇場である。周りが見えていない迷惑なバカップルが急ごしらえで誕生した。
「キャッ!どうしよー!こんなに暗いところに来ちゃった、ねえダーリン、こーわーい!!」
目をウルウルさせながらエマが全力でかわい子ぶる。
それに対してノアが
「大丈夫さ、ハニー。僕がついているだろ。怖いことなんか何もないさ」と乗っかった。
「ねえ、手を握っていてくれる??そうしたらあんまり怖くないかも」
「もちろんさ、全く可愛すぎてどうにかなりそうだ!!」
背の低い男は2人の空気にあてられて少し照れくさそうにし始めた。輩のような見た目をしているが、中身はもしかするとピュアなのかもしれない。
すると、その隙をついて若い男が路地の向こうに走り出した。
「あっ!おい待て!!」
背の低い男はそれを追いかけざるを得なかった。揉めていた男たちの背中が見えなくなるまで見送った後、二人はほっと一息つくと顔を見合わせて大笑いした。
「あはは!よくあれでしのげると思ったね!!あんな態度今まで一回も見たことなかったぞ!!」
「ふふふ!ノアこそ全体的にキザらしさに磨きがかかって面白かったわ!!」
そうして二人は無事にそれぞれの家へ帰ったのである。もちろんインクは買い忘れたのだが。




