第六話 金曜日の予定
栞台法律事務所は、駅から三つ目の信号を曲がったところにある。
受付で相談票を書いた。相談内容の欄は、四行しかなかった。
「婚姻十年。別室二年。夫に交際相手。私の収入は正社員一年目」
四行では足りなくて、最後は欄の外にはみ出した。
先生は、50代くらいの女の人だった。
「夫婦で作った財産は、名義がどちらでも、原則は二分の一で清算します」
「私、通帳を見たことがなくて」
「見ていなくても、請求はできます。むしろ、そこからです」
先生はボールペンで、紙に四つ、丸を書いた。
丸の横に、それぞれ一行ずつ説明を足していく。
字は小さいのに、読みにくくなかった。
財産分与と、慰謝料。
年金分割と、養育費。
「マンションはご主人が結婚前に買われた。その場合、家そのものを半分にはできません」
「そうですか」
「ただ、婚姻中に返済した部分は、二人で返したものとして評価します。購入時の資料と、返済の履歴が要ります」
「録音があります。42秒の」
「拝見します。ただ、42秒で不貞の全部が立つわけではありません」
先生は、そう言ってから、少し間を置いた。
「高瀬さん。生活費を決まった額に絞って、家計をいっさい見せないというのは、経済的DVと呼ばれることがあります」
その言葉を聞いたのは、そのときの一回だけだった。
私は手帳に書き取らない。書かなくても、消えないと思った。
「親権は、どうなりますか?」
「お子さんは10歳。母親が不利という前提はありません」
「賃貸でも?」
「賃貸でも、収入がご主人より低くても、それだけで外れることはありません」
先生は湯呑みを持ち上げて、置いた。
「年金の分割は、婚姻期間の記録を分けるものです。いま現金になるわけではありません」
「……はい」
「慰謝料は、請求できる場合があります。ただし、資料の量で変わります」
「集めます」
「集め方も決まっています。相手の口座に勝手に入るようなことは、しないでください」
私はうなずいた。
「決めるのはあなたです。私は、決めた形を手続きにします」
先生を紹介してくれたのは、小森さんのご主人だった。
紹介してもらっただけで、委任も費用も私が決める。そう言われたので、そのとおりにした。
*
義母から電話が来たのは、その週の木曜の夜だった。
番号が出たとき、私は洗い物の途中で、手を拭いてから出た。
「奈緒さん、離婚するって本当なの?」
「本当です」
「亮介から聞いて、もう、信じられなくて」
台所の窓が、少し曇っている。
「あなた、この十年、うちの息子に白いご飯を食べさせてもらってきたでしょう」
「食べさせてもらってきました」
「そうでしょう。それなのに、自分が少し稼げるようになった途端に」
「お義母さん」
私は蛇口を閉めた。
「私は十年、この家の洗濯と、掃除と、ごはんと、悠斗の送り迎えをしてきました」
「それは、当たり前のことでしょう?」
「当たり前のことをしていたので、返すお金には換えられません」
電話の向こうで、椅子の脚が鳴った。
「食べた分のご飯を返せ、という話なら、それは無理です。ほかのご用は?」
「……そういう子だとは思わなかったわ」
「もう夜なので、切ります。悠斗のことは、また連絡します」
切ってから、私は残りの皿を洗った。
指が少し震えていたのは、たぶん水が冷たかったからだ。それにしておいた。
*
部屋は、同じ学区の二階建てアパートの二階だった。
二部屋と台所。礼金はなし。
家賃と共益費で、5万5千円。
初期費用は、敷金と保証料と火災保険で、20万円の手前に収まった。
南向きではないので、昼でも電気がいる。
かわりに、ベランダから学区の外れの屋根が見えて、そこが少し気に入った。
内見の日、悠斗を連れていった。
「せまい」
「せまいね」
「僕の部屋は?」
「こっち。ランドセル置いたら、たぶんもう半分」
奥の部屋の引き戸の下に、木のドアストッパーが転がっていた。
悠斗はそれを爪先でつついて、そのまま窓のほうへ行った。
「学校、ここから行ける?」
「行ける。今より3分遠い」
「3分」
悠斗は窓の桟に手をかけて、外を見た。
それから、振り返らずに言った。
「僕、お母さんと住みたい」
台所の床が、少し傾いているのが分かった。
「学校には、ここから行けるんでしょ?」
「行けるよ」
「じゃあ、ここでいい」
不動産屋の人が、玄関で鍵の束を鳴らしている。
私はその場で返事をしなかった。
できる、と言ってしまえるだけの形が、まだ手元になかった。
悠斗は窓から離れて、私の袖をつかんだ。
それから、床に座り込んで泣いた。
声を出して、肩を上下させて、袖で顔をこすって、しばらく止まらなかった。
私は隣に座って、背中に手を置く。
止まってから、二人で自動販売機のお茶を一本ずつ買って、帰った。
*
引っ越しの支度は、写真に撮って上げた。
段ボールの数と、捨てた鍋と、三年前のワンピースを古着に出した話。
その日の夜、「こま」から返信が来た。
「全部いっぺんに片づけようとしなくて大丈夫。ひとつずつでいいよ」
4月から、この人の言い方は変わらない。
私は「ありがとうございます、こまさん」とだけ返した。
同じ週、小森さんから連絡があった。
「12月で、会社を辞めることにしたの」
「……療養、ですか?」
「そう。しばらく、通うのに時間がいる」
私は電話を持ち直した。
「小森さん、平日の買い物と、送りと、ごはん、私がやります。全部」
「やらない」
即答だった。
「火曜のお弁当だけ、お願いしてもいい? 高瀬さんのぶんを作るついでなら、数が増えるだけで済むでしょう」
「それだけですか?」
「ほかの日は家で用意するから。主人がいるの」
私は、返す言葉を探した。
「高瀬さん。引き受けられる量で引き受けて。そうじゃないと、こっちが頼めなくなる」
電話を切ってから、私は台所に立っていた。
火曜の弁当。
それだけを、手帳の12月のページに書いた。
12月から、写真の加工と短い動画の編集を、一人に頼むことにした。
フォロワーの一人で、同じように子どものいる人。
報酬と、納期と、直しの回数と、素材を誰が持つかを、一枚の紙に書いて交わした。
納品から30日以内に払う、という行も入れておく。
私が待たされて嫌だったことは、私がやらない。それだけの話だった。
相手の人は、最初の打ち合わせで作業できる時間帯を先に言ってきた。
9時半から11時半と、14時から15時。子どもが家にいない時間だった。
「その時間で回る量にします」
「助かります。夜は、どうしても」
「夜は私も無理です」
電話の向こうで、短い笑い声がした。
*
話し合いは、12月の平日の夜に、三回あった。
三回目に、亮介が紙を出した。
「悠斗は、この家に置く。学校も変わらない」
「あなたが見るの?」
「俺が見る。母さんにも手伝ってもらう」
「仕事は?」
「6時には出られる日もある。宿題は見てきただろ」
「母さんもいるしな。歩いて15分だ」
文江さんは、その場にはいなかった。
いない人の名前が、この話し合いでは三回出る。
見てきた、というのは、本当だった。
二か月ほどのことだったけれど、嘘ではない。
私は、自分の手元を数えた。
二部屋のアパート。一年目の正社員。
月末は帰りが遅くて、案件は不定期。
火曜には、弁当がある。
賃貸でも外れない、と先生は言っている。
その言葉を思い出しながら、私は自分で反対側に重しを乗せていた。
悠斗が窓の桟に手をかけて言ったことも、思い出していた。
思い出したうえで、私は今の自分に足りないものを数えるほうを選んだ。
「……分かりました」
離婚届の親権者の欄に、亮介の名前を書いたのは、私だった。
養育費は、算定表を見ながら決めた。
面会は、金曜の夕方に引き渡して、土曜の夕方に送る。学校のことと病院のことは、そのつど連絡する。
市役所の窓口は、12月24日に空いていた。
姓は、三浦に戻した。
会社と、依頼主と、先生には、名義の変更を知らせる。
給与口座の名義も、書類を一枚出して変えた。口座の中身は、変わらなかった。
財産の清算は、項目と支払いの時期を先に決める。
入ってくるのは春になる。だから、この部屋の初期費用には使わない。
*
最初の金曜日。
悠斗はランドセルと、着替えの袋を持ってアパートに来た。
「これ、どこ置くの?」
「そこの引き戸の裏。フックつけたよ」
土曜の夕方、駅前まで送った。
「高瀬さん、来週の金曜は5時でいいですか?」
「ああ。5時で」
元夫は悠斗の背中を軽く押して、改札のほうへ歩いていった。
文江さんが向こうに立っていて、私に頭を下げた。私も下げる。
部屋に戻って、電気をつけた。
流しに、朝のままの皿が二枚ある。
袖をまくって、スポンジに洗剤を落とした。




